氷河は自分を好きではない。
それがわかっていながら瞬が毎夜を彼と過ごすのは、その行為が二人の習慣だったことを、瞬が忘れていないからだった。
習慣の力に逆らいきれず、瞬はいわば惰性のように氷河を受け入れ続けていたのである。
そして、氷河もそうなのだと思っていた。

もちろん瞬にはそれはつらいこと――つらすぎることだった。
瞬が欲しいものは、氷河の腕ではなく、その体温でもなく、彼の時間でも声でもなく――もっと違う何かだったのだ。
そして、瞬が その“何か”のない状態に耐えられなくなるのに、さほどの時間はかからなかった。

自分を好きでいてくれない男と過ごす7度目の夜。
瞬の中に、瞬の求める“何か”を含んでいないものを吐き出し、そのまま瞬の上に身体を重ねてきた氷河に、瞬は尋ねてみたのである。
「氷河は こういうことをして楽しいの」
――と。

その時、瞬は少し混乱していたかもしれなかった。
瞬の心臓はまだ呼吸をするにも苦しいほど強く大きく波打っているのに、平気でそれを圧迫するように身体を重ねてくる氷河。
重なる胸越しに伝わってくる氷河の心臓の力強い鼓動が、自分の心臓の動きを静めるどころか、ますます早めてしまうこと。
自分より先にその脈動を静めた氷河は、彼ほどには早く交合の衝撃から立ち直れない相手の身を気遣うこともなく、またあの激しい律動を始めるに違いないという予感。
そんなふうなことのすべてが、瞬をこの上なく みじめな気持ちにさせていたのだ。

「氷河はこういうことして……楽しいの(好きでもない相手と)」
「おまえこそ(なぜ受け入れる)」
「僕は……本音を言うと楽しくない」
「そうか。そうだろうな……」

重ねていた上体を少し浮かせ、氷河が瞬の顔を覗き込んでくる。
獣のような目をしているに違いないと思っていた氷河のそれは、思いがけず――否、思っていた通りに――肉を食らって命を保つ獣の目をしていた。手負いの肉食獣のような目を。

「氷河はどうしてそんな悲しそうな目をしてるの」
「おまえも」
「僕も……?」
氷河のその言葉に、瞬は泣きそうになったのである。
瞬の目に映る氷河の瞳の中には、確かに氷河と同じ 悲しい獣の目をした瞬自身の姿があった。
そして、二重にも三重にもになっている互いの瞳を見詰めているうちに、氷河と瞬はやっとその可能性に気付いたのだった。
「瞬、もしかすると、おまえ……」
「ねえ、もしかしたら氷河は……」

希望が確信に変わる。
確信できた途端に、瞬の心と身体は突然軽くなった。
瞬が、羽のように軽く感じられる両腕を氷河の背に絡めていくと、氷河は嬉しそうに、まるでまだ幼い肉食獣の子供のように、瞬の身体にじゃれついてきた。






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