「満月までには、まだ1週間もあるんだけどな〜」
「思い出したわけではない……んだろうな」

室内には、星矢と紫龍だけでなく沙織もいた。
であるから、氷河と瞬はそこでべたべたとスキンシップに励んだり いちゃついたりしていたわけではない。
だが昨日までの二人と今日の二人とでは、その身にまとっている雰囲気がまるで違っていた。
しかも、時折交わる二人の視線は、うんざりするほど甘ったるい空気をその場に発生させてはばからない。

「そりゃあ、自分が相手を好きでいることは忘れていないんだから、どうとでもなるでしょ。あの二人は言葉を知らない赤ちゃんじゃないんだから、いくらでも心は伝えられるし、普通の判断力があったら、いつも自分を見詰めている人間の気持ちくらい、すぐわかるでしょう」
この急展開に今ひとつ合点がいかずにいる星矢と紫龍に、沙織が満足げに頷く。
「こういうことは、愛されることからじゃなく、愛することから始まるのよ」

「愛することを知っているなら、いくらでもやり直しはきくというわけか」
何もかもがあまりに沙織の思惑通りに運ぶので、理屈や言葉の上では納得しつつも、紫龍はまだタヌキに化かされた気分だった。

「でもさあ、だったら、人にとっていちばん大切なのは、やっぱり“愛されること”じゃなく“愛すること”の方なんじゃねーの」
「愛することを忘れたら、そのモノはそもそも人間ですらないでしょう。あの花は、『人間』から大切なものの記憶を奪う花なのよ」
やはり今ひとつ納得しかねている様子の星矢に、沙織は余裕の笑みをかましてくれた。

その花の効用が自分の思想に合致しているのが気に入って、彼女はその花を聖域から取り除くことができずにいるのかもしれない。
満足そうに微笑む彼の女神を見て、星矢は思うともなく そう思った。






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