『天が落ち来たりて、我を押し潰さぬ限り、我が誓い 破らるることなし』 それは、騎士だけに行なうことができる権利で、騎士だけが行なわなければならない義務だった。 騎士が騎士として叙任される際、もしくは闘いに赴く際、自らに課する呪縛。 この誓いを守る限り、騎士は神の加護を約束され、その命は神によって守られる。 逆に、この誓約を破ると、命に関わる災厄に見舞われ、大抵の場合その騎士は命を落とす。 それが、この時代、騎士の身分を得た者を縛り、かつ守る、神への誓約――ゲッシュ――だった。 ゲッシュは、その達成が困難であればあるほど、強力な神の加護を得られるものである。 どうしても勝利を得たい戦さに赴く時、騎士の中には、闘いが終わるまで眠らない、ものを食べない等の、ほとんど実行不可能なゲッシュを自らに課す者もいた。 騎士叙勲の際のゲッシュはそこまで厳しいものではなく、騎士たちは、 かの伝説の英雄クー・フーリンは、『目下の者に食事を誘われたら断らない』『自分の名についている“クー(犬)”を食べない』というゲッシュを自らに課していたという。 そのゲッシュを守っている間、彼は無敵の英雄であり続けた。 英雄が命を落としたのは、彼の敵が彼に対してゲッシュを破らせる策略を巡らせ、英雄がその罠に落ちたからだと伝えられている。 敵のゲッシュを調べあげ、その誓いを破らざるを得ない状況に追い込むことで勝利を得ることは、名誉ある戦法ではなかったが、卑怯な行為ともされていなかった。 罪と罰は、ゲッシュを守りきれなかった騎士の上にこそある。 婚姻の際に――これも一種の戦いではあろう――、夫となる騎士に『生涯 他の女を愛さない』というゲッシュを求める貴婦人もいた。 妻となる貴婦人をたとえ心底から愛していたとしても、分別ある騎士ならば、そのように無謀なゲッシュを行なうことはなかったが。 ゲッシュとは騎士の命を縛るもの。 しかし、たとえそれが自らのものであったとしても、“心”を思い通りにすることは、どれほど高潔で屈強な男にも不可能だということを、騎士たちはよく知っていた。 |
■ クー・フーリン → ケルト神話の英雄 |