白い幽霊の言葉に嘘はなかった。 彼女が氷河にくれたカードは、人間になった氷河に必要なものをすべて与えてくれた。 人間が寝起きするためのホテルの部屋、服の着替え、鬱陶しい靴、食べ物。 あのカードを差し出すと、何もかもが氷河のものになった。 そうして氷河は、瞬が使っていた苗字と、瞬が与えてくれた『氷河』という名前を用いて、人間としての暮らしを始めたのである。 人間の習慣には困惑させられることも多々あったが、瞬との生活でそれらのことを見知っていた氷河は、大した問題も起こさずに、人間の振りを続けることができた。 ある程度の生活の基盤を固めると、氷河はいよいよ、あの白い幽霊が提示した条件を果たすための仕事にとりかかることにしたのである。 あの白い幽霊が提示した、氷河が人間になるための条件――『人をひとり幸せにすること』。 では人間の幸せとは何なのだろう? と、まず氷河は考えたのである。 たとえば今の氷河は、人間としての生命を維持するのに必要なものを すべて手にしていた。 住む場所、食べ物、衣服。 だが、瞬が側にいない。 だから、今の氷河は幸せではなかった。 しかし、完全に不幸かというと、そうでもない。 氷河の胸には、希望というものがあったから。 瞬と同じ人間になり、瞬を抱きしめ、瞬を守れる存在になること。 その結果として得られる瞬の笑顔と瞬の幸福。 その望みが叶いさえすれば、氷河は世界の誰よりも幸福になることができる。 氷河はもちろん、人類のすべてが瞬の笑顔を手に入れることを望んではいないことを知っていた――氷河にとっては幸いなことに。 人間が望むものは、人によって異なるのだ。 氷河は、出会った人間の望みを片端から叶えることをしてみようと思った。 |