氷河は、やがてわかってきたのである。
人間というものは、もともと幸福になれないようにできているのだ――ということに。

くだらないことで不満を募らせて、彼等は日々の暮らしを自ら詰まらないものにしてしまっている。
自分では不満を言うだけで、自身が幸福になるための努力もしないくせに、思いがけず与えられた幸運を喜ぶこともできず、軽んじる。
降って湧いた幸運に価値を置かず怯えるなら、最初から自分の望みを叶えるための努力をすればいいのに、彼等は決してそれをしようとはしない。
たまたま一つの望みが叶うと、それを喜ぶ前に、すぐに次の不満を探し出す。
その 足るを知らない貪欲さが人間の社会を発展させてきたものなのかもしれないと思わないでもなかったが、それは氷河には理解できない貪欲さだった。

不満ばかりで、求めるばかり。
人を傷付けおとしめて、それに比べたら自分はまし、奴に比べたら俺は恵まれている、彼女に比べたら私は幸福――そんなふうに思おうとする彼等は、その実少しも幸せではない。
そういう方法で幸せになろうとする人間たちは本当に愚かだと、氷河は思ったのである。
俺は、瞬に笑いかけてもらえたら、それだけで幸福になれるのに――と。

だが、そんな日々の中で、ふと氷河の中にひとつの疑念が湧いてくる。
もしかしたら、本当は、瞬もそんな人間の一人に過ぎないのではないだろうか? という、それは瞬自身だけでなく、瞬のためにこの試みに挑んでいる氷河自身の存在意義をも危うくする疑念だった。

そんなことがあるはずがないではないか――と、氷河はすぐに思い直した。
瞬は、死にかけていた氷河を拾い、幸福とは何なのかを氷河に教えてくれた。
その瞬が、自ら不幸を望む愚かな人間たちと同じものであるはずがない。

十分すぎるほどに与えられていると思っていた約束の時間は、刻一刻と失われている。
焦りが、氷河の心を乱していた。






【next】