「おい、生きてるのか」 瞬を追うことをせずに、ベンチに伏している男に声をかける。 確かめると、息がまだあった。 が、足に怪我をしているらしく、彼は立ち上がる体力も気力も有していないようだった。 もしここで自分がこの男を助けても、きっとこの男は、己れが救われたことを幸せと感じることはあるまい――と、氷河は思った。 これまでに氷河が出会ってきた人間たちがそうだったように。 『放っておいてくれれば、安らかに死ねたのに』と、そんなことを言うに決まっている――。 それはわかっていたのだが、そうに違いないと思いはしたのだが、それでも氷河は彼を放っておくことはできなかった。 “誰か”の幸せを求め続けて1年間。 残る時間は1時間もない。 氷河が人間になることにはもう意味がなく、氷河自身もそれを望んでいなかった。 倒れた人間を見て見ぬ振りをして通り過ぎていくような瞬は、氷河の好きになった瞬ではなかった。 だが、少なくとも2年前、似たようなありさまだった犬の氷河を、瞬は拾ってくれたのだ。 「食い物……はかえってよくないか。栄養ドリンクでも――」 幸い、氷河の上着のポケットには、あのカードの他に小銭が少々入っていた。 氷河は公園内に設置されている飲み物の自動販売機で、茶色のビンの飲料水を購入した。 自販機が吐き出したビンを手に取って、あの男のいるベンチを振り返る。 そして、氷河は、その場に瞬の姿を見い出したのである。 氷河は、心臓が弾け飛ぶかと思った。 「あの……この方のお知り合い、ですか? 僕、今 救急車を呼んでしまったんですけど……」 男が横たわっているベンチの脇に立つ瞬が、心許なげな目をして氷河に尋ねてくる。 「あ、いや、知り合いではないが……」 氷河は目だけを動かして、そうではないことを瞬に知らせた。 「その人、生きてらっしゃる……んですよね?」 「ああ」 「よかった」 瞬が大きく安堵の息を洩らす。 『よかった』とは、氷河こそが言いたい言葉だった。 たった今まで氷河は人間というものに絶望していたのに、瞬は変わらず、氷河が好きな瞬のままでいてくれたのだ。 |