驚いたことに、シュンに与えられた部屋は、王の私室の隣りにある部屋だった。
本来は、王の家族のための部屋なのだろう。
両親も兄弟もない王には、確かに使い道のない部屋なのかもしれなかった。
夜になって、シュンを迎えにきた――二つ離れた部屋に行くために!――衛兵は、シュンをその部屋に送り込んだあと、そのまま扉の前に見張りとして立ったようだった。

シュンが背中を押されるようにして送り出されたその部屋は、ヒョウガの寝室だった。
待ちかねていた様子のヒョウガが、シュンの姿を見るなり掛けていた肘掛け椅子から立ち上がり、シュンの側にやってくる。
その表情がまた子供たちの姿に重なり、シュンは、もしかしたら国王は、彼の母親の国の言葉での“お母ちゃんのおやすみのお話”でも求めているのではないかとさえ思ったのである。

お母・・ちゃん・・・というより、可愛らしい王子様だな。……いや、王子の服を着たお姫様のようだ」
訳がわからないまま、小間使いに着せられた服。
これまで身に着けたことはおろか見たこともないような柔らかな感触の服をまとったシュンの姿を見て、ヒョウガは目を細めた。

「僕の仕事というのは、いったい……」
「言っていなかったか?」
シュンに問われたヒョウガが、一瞬間だけ気の抜けたような表情を作る。
が、彼はそれを大した手落ちとは思わなかったようだった。

「大蔵大臣にこの城の役職の中でいちばん報酬の多い仕事は何かと尋ねたら、重臣の次に多額の報酬が与えられるのは国王の公認愛妾だということでな。男子の愛妾というのは、前例も数えるほどしかないようだが、俺が望むなら止める理由はないそうだ」
「…………」
ヒョウガに告げられた役職名の意味するところが、シュンは咄嗟に理解できなかった。
シュンの当惑を無視して、ヒョウガが言葉を継ぐ。

「昼間にも執務のない時には俺の相手をしてほしいが、これなら基本的に夜だけの務めだし、おまえもつらい仕事はしなくて済む。おまえは仕事と報酬が得られ、俺はおまえの喜ぶ顔が見られて、まさに一石二鳥というわけだ」
「陛下……」
「おまえが女だったら、誰が何と言おうと妻にするんだが」
ヒョウガはひとりで勝手に話を進めていく。
シュンの混乱は頂点に達していた。
何がどうなっているのか、まるでわからない。

「陛下、いったい何をおっしゃって……」
「ヒョウガだ。ヒョウガと呼べ。教えただろう。母がつけてくれた名なんだ」
「ヒョウガ……?」
混乱したまま、シュンは告げられた名をただ反復しただけだったのだが――彼の名を呼んだわけではなかったのだが――ヒョウガは、シュンに名を呼ばれると ひどく嬉しそうな笑顔を作った。
シュンの肩に手を置き、そのまま抱きしめてシュンの耳許に唇を押しつける。

「う……うそ……」
「おまえは男だが、とても綺麗だし」
国王の唇が、シュンの唇に重ねられる。
「おまえの望み通りだ、嬉しいだろう? 喜んでみせてくれ。あの子たちにしていたように、俺に優しくしてくれ」
いったいヒョウガは――国王は、何を言っているのだろう。
自分の生まれ育った国の言葉が、シュンには理解できなかった。

一国の王が、手ずからシュンの上着を取り除く。
シュンは全身が強張って、その手を払いのけることができなかった。
「あっ……!」
やがて、シュンの身に着けているものを一枚一枚脱がせるのが焦れったくなったのか、ヒョウガは突然シュンの身体を抱き上げた。
そして、シュンは王の手で王の寝台に運ばれたのである。

「女と違って、どうすれば気持ちよくなるのかわかっているから、やりやすいな。うんといい気持ちにしてやる。だからおまえも――」
重なってくるヒョウガの身体の重み。
衣類を取り除きがてら、シュンの身体に触れてくるヒョウガの手と指の動きは既に愛撫になっていた。
その指の熱さにぞっとする。

シュンは、自分に重なるヒョウガの身体を突き飛ばしたい衝動にかられた。
実際にシュンはそうしようとしたのである。
シュンにそれをさせなかったのは、もしここで自分が国王の意に逆らったらいったい何が起こるのか――という考えだった。
今ここで王の機嫌を損ねたら、子供たちのことを考えてくれる院長が復職し、せっかく良い方向に向かって動き出した養護施設の運営はまた 以前の状態に戻ってしまうかもしれない。
それどころか、以前以上に悪いことになるかもしれない。

『シュンはお母ちゃんみたいに優しいんだ』
今は暖かい部屋の中で本を読むこともできるようになった子供たちの声と瞳。
子供たちの顔を思い浮かべると、シュンは自分の身体を動かすことができなかった。






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