ヒョウガはそれでも、シュンに対して気を遣っていたつもりでいるらしかった。
実際、彼は、シュンの身体を揺さぶることに夢中になっている間にも幾度か、シュンに“具合い”を尋ねてくれていた。
ただし、『気持ちいいか』とだけ。
シュンに何かを答えることなどできただろうか。

それでも、少々手前勝手なところはあったが、確かにヒョウガはシュンの身を気遣ってくれてはいたのだろう。
ただ、彼は、シュンの心だけは気遣ってくれなかった。

シュンの涙も、彼は全く別の意味に捉えているらしく、それが嘆きや悲しみを意味するものとは思ってもいないようだった。
一向に鎮まる気配のない下半身のしびれと鼓動のために動けずにいるシュンの涙を拭うと、彼はシュンに笑って言った。
「こんな細い身体には酷かと思ったんだが、おまえは本当に素晴らしい。大臣に次ぐ額の俸給というのはどういうことかと思わないでもなかったんだが、確かにおまえにはそれだけの価値があるな」

ヒョウガは、自分が満足したからシュンも同様だと思っているらしい。
そう思われても仕方のない痴態をさらしたことは シュン自身にも否定することはできなかったが、しかし、それはシュンの身体が勝手にしたことである。
そして、ヒョウガが無理にさせたことである。
満悦のていで自分の身体を抱き寄せるヒョウガが、シュンは恨めしくてならなかった。

「元の院長には感謝してもしきれないな。彼がおまえに施してくれた教育のおかげで、俺はおまえに会えた」
全く悪気のない様子で、ヒョウガはシュンにそう言った。
院長から受けた恩を、今は恨んでしまいそうな気持ちになっているシュンに向かって。

「今回のことで、新しい監査機関を設立した。役人は、被監査機関の担当者と癒着できないように1年ごとに入れ替える。従来の担当官は過去の業務内容を審査して、半数以上を放逐した。無論、他の施設の内情も吟味して、悪質な者はすべて適任者に交代させる。今後、幼い子供が犠牲になるような悲惨なことは決して起こさない。おまえのいた擁護施設も、前の院長を呼び戻した途端に、子供たちの生活環境は著しく改善されたようだな」
「…………」

ヒョウガの言う通り、である。
シュンは、王の迅速な対応、今後を見据えた監査機関の設立と、その隙のない運営方針に、感謝以上に感嘆の念を覚えていた。
だからこそ、王の招聘にも応じたのだ。
この王の下でなら、もっとたくさんの恵まれない子供たちを幸福に導く仕事ができるのではないかと期待して。
それが――。

「だが、戻りたいなどと言っては駄目だぞ。おまえには、俺の恋人という大切な仕事があるんだから」
それがなぜ、こんなことになってしまったのか。

おそらくヒョウガは、自分が“悪いこと”をしたという意識も、シュンの意思を無視し、そうすることで傷付けたという自覚も抱いていない。
ヒョウガとシュンとでは、そもそも価値観が決定的に違うのだ。
そしてヒョウガは、自分以外の人間が 自分とは違う心を持っていることを知らない。
自分が喜ぶことは他人も喜び、自分が嫌がることは他人も嫌がると思っている。
彼は“良いこと”をしたと意識しか持っていないのだ。

確かに彼は“良いこと”をした。
国中の虐げられていた子供たちが、彼の決断と実行力によって救われたことだろう。
だが、シュンは――。

シュンは、ヒョウガに対して言うべき言葉を見付けられなかった。
何を言えばいいのか、何も言わずに耐えるべきなのか、シュンが考えあぐねているうちに、またヒョウガの愛撫の手がシュンに伸びてくる。
既に、シュンの身体はもちろん その心も、ヒョウガに抵抗する意思を失ってしまっていた。






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