「あなたはもうしばらくお休みになっていた方がよろしいでしょう。昨夜は、あなたを手に入れた喜びに浮かれて、王は加減をなさらなかったようだ。今夜からはもう少し眠る時間もくださいましょう」
「ヒョウガ……陛下は――」
「王の体力についていこうなどとは、お考えにならない方がいい。あの方は、国務に関しては呆れるほど精力的な方で――」

ヒョウガと大して歳の違わないように見えるこの侍従は、どうやら昨夜のことをすべて承知しているらしい。
今更羞恥を取り繕う気にもなれない。
そして、シュンが知りたいことはそんなことではなかった。
ヒョウガには訊けなかったことを、シュンは噛み付くように彼に問い質した。

「いったい、なぜ……なぜ僕がこんな目に合うの !? 」
昨夜のうちにほとんど失われてしまったように思えていた涙が、今になってあふれてくる。
シュンの叫びに、彼はしばらく無言でいたが、やがて嘆息と共に彼は口を開いた。

「世の中には富者や権力者に愛されることを、それだけで名誉と思う人間もいるというのに、あなたは違うようですね。陛下は稀に見る美しい男性だと思うが」
「僕も男です!」
「失礼」
礼を失したとは全く思っていない口調で、彼はシュンに謝罪の言葉を返してきた。

「――陛下は有能な方です。政治的センスにも恵まれているし、施政者の義務も知っている。300年の間に膠着していた国の政治を変革しようとする意欲を持ち、その意欲を既成の因習に囚われずに断行するだけの実行力もある。あの通り、一本気な方ですので、既得の権力や利権にしがみつく旧臣・旧体制を無視して、ご自分が正しいと思われたことを躊躇なく実行する。陛下が王位に就いてからたった2年で、この王宮内で反国王派の数は倍増しました」
「僕もその中のひとりということですね」

彼は、反抗的な口調のシュンの発言には何も答えなかった。
軽く、首を横に振る。
「陛下は、母君を早くに亡くし、父である前国王は国務と内乱――と言っても、王宮内でのことですが――の制圧に忙殺され、肉親の情愛というものにほとんど触れることなく育ってこられたんです。失礼ながら、人の心の機微にもあまり通じていない」
「慈悲深くお優しい王様だと思っていたのに、人の心を解さない冷血漢だったみたい」

侍従の淡々とした表情と口振りに苛立ち、シュンは抑えていたものを吐き出すような口調になった。
あるいは彼はシュンをそうさせるためにわざと、過剰に情に訴えることをしなかったのかもしれなかった。

「……私はあなたを迎えることを最初は反対したのですが、陛下に『シュンはお母ちゃんのように優しいんだそうだ』と言われて、今回のことを許すしかないと考えるようになりました。これは、陛下の初めての我儘です。陛下に 心を安らげる場を与えてやってください。あなたの憤りはわかりますが、今 この国には陛下が必要なのです」
「…………」

「陛下が王位に就いてからの2年間で、実際、国はよくなってきているでしょう? 利権の絡んだ癒着は粛清され、国民は王に感謝している。逆に、旧臣の多くが陛下を恨んでいる。いつ反乱が起こっても不思議ではない状態で、王自身の持つ緊張感がそれを抑えているのが現状だ。しかし、私は王に歩みを止めてほしくない。多くの国民もそれを望んでいる」

「でも僕は、こんな――」
彼の言うことはわからないでもない。
この国の民の一人として、国王の改革の断行をシュンも望んでいる。
そんな王の力になりたいと願い、シュンはこの城にやってきた。
だが、それがこんな・・・こと・・だとは、シュンは考えてもいなかったのだ。

「一人で考えたい。一人にして」
シュンの呟きに、黒髪の侍従は、やはり表情を変えずに頷いた。
表情に乏しいこの男は、王の第一の側近なのだろう。
感情を表に出さない分、ヒョウガより はるかに人の心の機微に通じているようだった。

「今 あなたを失ったら、王は暴走して、何をしでかすかわからない。それだけはお心にお留めおきください」
シュンの迷いにとどめを刺すようにそう言って、彼は王の寝室を出ていった。

人の心の機微に通じていない王と、通じすぎている部下。
人生における人の配置とはうまくできているものだと、シュンは自嘲しながら思ったのである。
二人の男の前で、シュンは身動きがとれなくなってしまっていた。






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