翌朝、氷河と瞬が朝食に遅れることはなかった。
星矢も寝坊をしなかった。
氷河が瞬を天使と評した翌日朝未あさまだき、瞬が氷河の胸の中で、自分が人間であることも天使でないことも意識せずに眠っていた頃、とんでもなく無粋な来客が城戸邸にあり、アテナの聖闘士たちは、早朝の心地良い眠りと目覚めとを彼等に奪われてしまったのである。

沙織は聖域から帰国して邸内にいた。
未明の敵襲に いつもの倍増しの危機感を覚え、青銅聖闘士たちは無粋な敵が侵入してきた場所に急行したのである。
敵の数の多さから、彼等の力がさほどのものでないことは最初からわかっていた。
己れの力に自信がある者なら、アテナにあだなす者は一人もしくは少人数で敵陣に乗り込んでくるはずだったから。
彼等は決して、アテナの聖闘士が 持てる力以上の力を出さなければ倒せないような敵ではなかったのだ。

だというのに、瞬がその敵を必要以上の力をもって倒してしまったのは、もしかしたら焦りのためだったのかもしれない。
冥界での闘いのあと、もっと強力な敵がいつか現れて、更に悲惨な闘いが起きるのではないかという不安は、いつも瞬の胸の中にあった。
瞬はもはやその闘いから逃れることはできない。
一度はハーデスにその身を支配され、地上と地上に住む人間たちを滅ぼしかけたアテナの聖闘士が、その闘いに背を向けることができるだろうか。――できるはずがない。
そして瞬は、その闘いの中で、ますます自らの汚れを増していくのだ――。


それでも間一髪のところで急所は外したはずだった。
瞬の攻撃を受け 声もなく倒れた敵は、死んではいないはずだった。
だが、彼はその身から真紅の血を流すことで、彼が瞬と同じ人間なのだということを瞬に示し、無言で瞬を責めてきた。
「あ……」

瞬が傷付けたものは、瞬と同じ人間なのである。
彼が悪魔か――いっそ天使であってくれたなら、自分は“敵”を傷付けることに、これほど傷付かずに済むのかと、瞬は思った。
思った途端に、涙が込み上げてくる。
瞬は、彼が倒した敵の横にがくりと膝をついた。






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