「氷河……」
瞬が流してきた“敵”というものの血も、瞬自身の血も、それは現実のものである。
瞬は“人”を傷付け、時にはその“人”の心をも傷付けてきた。
それは ごまかしようのない事実で、どれほど美しい“正義”を謳っても、覆い隠すことのできない つらい現実だった。
そうすることで自らも傷付いたということは、言い訳にもならない。

だというのに――。
だというのに、そんな汚れたものに向けられる氷河の優しさは何なのだろう。
それだけで、再び立ち上がり、再び闘いに対峙しようと思えてしまうのは――。
もしかしたら、氷河の言う通り、自分は本当は汚れてなどいないのだと信じてしまいそうになってしまえるのは――?

氷河の言葉は事実とは違っているかもしれない。
現実はそうではないかもしれない。
だが、氷河がそう・・と信じてくれているのなら、自分はそういうものになれるかもしれない――とも、瞬は思った。

考えてみれば、これまで瞬はいつも――アテナの聖闘士たちはいつも――そんなふうに生き、そんなふうに闘ってきたのではなかったか。
希望と夢と――そして、互いを信じ支え合うことで。
絶望してしまわない限り、人の心には必ず清らかさが残っていて――夢と希望という清らかで美しいものが残っていて――それ故に人は生きていける。

瞬が自分を清らかではないと強く思っていたのは、もしかしたら瞬自身が絶望という病に最も近いところにいたせいなのかもしれなかった。
そして氷河は――彼は、瞬の病に最も効果的な処方箋を持っているのだ。






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