次の日から、氷河と瞬の“ごっこ遊び”が始まった
氷河の残酷さは――氷河は瞬の気持ちを知らないのだから、彼はもちろん自分が残酷なことをしているとは意識していないのだが、それゆえになおさら――瞬を傷付けた。

「瞬、『あらしのよるに』の試写会のチケットを貰ったんだが 観たがっていなかったか?」
「嬉しいけど、でも、絵梨衣さんを誘ってあげた方が――」
「車を使わず、電車で行く。星の子学園の前を、おまえと仲良さそうに連れ立って歩いてやる」
「ああ、そういうこと……」

つまり氷河は、そうすることで絵梨衣の嫉妬心を煽ろうという魂胆らしい。
氷河に協力すると約束した手前、瞬は彼の誘いを断るわけにはいかなかった。
氷河に肩を抱かれて歩いている間中、瞬の心は暗く沈んでいた。


夕食の時刻間近になって突然、氷河が、
「飯を食いに行こう」
と言い出したこともある。
「え?」
唐突な誘いに、瞬が首をかしげると、氷河は得意そうに言い募った。
「恋人同士というのは、そういうことをするもんなんだろう?」
「絵梨衣さんに焼きもちをやかせるのなら、彼女の目のあるところでなきゃ意味がないでしょう」
「同じレストランで、星の子学園の月例の慰安食事会があるそうなんだ。見せつけてやろう」

そう言われて、瞬は しぶしぶ氷河のお供をすることになったのだが、問題のロシアンレストランに肝心の絵梨衣の姿がない。
「なにしろ、情報源が星矢だったからな……」
ぼやく氷河と同じテーブルで 顔を俯かせながら食事をとった瞬には、ブリンチキに添えられたアイスクリームさえ苦く感じられた。


そうかと思うと、城戸邸のラウンジのソファでぼんやりしていた瞬の膝に、氷河が断りもなく頭を載せてきたこともあった。
「氷河…… !? 」
突然氷河に膝枕を求められた瞬は大いに慌てたのだが、氷河は飄々ひょうひょうとしたものだった。
「重くはないだろう?」
「そういうことじゃなくて……。なにも城戸邸ここでまで こんな振りなんかしなくてもいいでしょう」
「星矢がケータイで、俺たちがいちゃついているところをミホチャンに送ってくれる。彼女経由で絵梨衣にご注進が行くはずだ」
「え……」

瞬が顔をあげると、その視線の先にいた星矢が、氷河と瞬の“振り”の様を携帯電話の動画撮影用の内蔵カメラで写しながら、瞬たちにVサインを送ってくる。
氷河はどうやら この“ごっこ遊び”に、瞬だけでなく星矢まで巻き込んでいるらしい。
「あ……うん、そういうことなら……」
以前は携帯電話など持つ気もないようだった星矢が、いつのまにそんなものの扱いを覚えたのかと訝りつつ、瞬は身体を強張らせながら、その苦行に耐えたのである。

「膝枕なんて、生まれて初めてだぞ」
楽しそうにそんなことを言う氷河が、瞬は恨めしくてならなかったのである。






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