こんな茶番はやめなければならない――と心底から思う。
だが今の瞬は、すべてのことに臆病になっていて、正しいはずの自分の意見を氷河に訴えることすら逡巡するようになっていた。
その日、城戸邸に戻ってからも、瞬は氷河と対峙することが恐ろしく、ひとり自室に閉じこもっていた。

意を決して、瞬は一度は自室を出たのである。
だが、階下のラウンジの肘掛け椅子の背もたれに身を預け、溜め息をついている氷河の横顔を見た途端に――その唇が視界に入った途端に――、必死に奮い起こしたはずの瞬の気力は急速に失われてしまったのだった。
氷河のあの残酷な仕打ちを思い出した瞬の胸は高鳴り、同時にそれは 長い針を深く突き立てられたように鋭く痛んだ。

このまま氷河が彼の計画を続行していれば、やがて絵梨衣は氷河に愛想を尽かしてしまうかもしれない。
憎むようにすらなるかもしれない。
本当のことを――すべては絵梨衣に振り向いてほしいがための氷河の“振り”だということを、氷河がどれほど絵梨衣を思っているのかを――絵梨衣に伝えなければならないと思う。
だが、氷河の本当の気持ちを知ったなら、絵梨衣は氷河を許し、二人は今度こそ離れ難い二人になるのかもしれない。

そう思っただけで、瞬の胸は潰れてしまいそうなほどに痛み、その決心がつかず――結局 瞬が絵梨衣に真実を知らせるために星の子学園に向かったのは、翌日の午後も遅くなってからだった。






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