まさか、ここで、こんな場面で、自分が氷河に責められることになろうとは、瞬は思ってもいなかった。
瞬の心と思考は、自分が氷河に故意に傷付けられたという事実だけで いっぱいになっていたから。

――氷河の訴えは、確かに事実だった。
だが、瞬に他にどうすることができたというのだろう。
氷河の言う『好き』が 自分が望む『好き』と同じ意味を持つものだとうぬぼれてしまうには あまりにも――瞬が抱えている負い目は大きすぎるものだったのだ。

返す言葉を失い俯いてしまった瞬と、激しすぎて続く言葉が出てこない氷河に、絵梨衣が横からふざけた様子で口を挟んでくる。
「問答無用で押し倒せばよかったじゃない。そうしたら、嫌でもわかるわ。瞬さんがどんなに鈍感でも、どんなに頑なでも」
「そんなことができるかっ!」

氷河が絵梨衣の発言に即座に噛みつく。
絵梨衣は少々大袈裟に、両の肩をすくめてみせた。
「その気になったら片手で岩をも砕ける人が、好かれているとわかっている相手に、腕力でだけは訴えようとしない、その点だけは私も氷河さんを評価するわ」

絵梨衣はどうやら、人類史上 唯一すたることのない“流行り”に、女性であるにも関わらず、さほど嫌悪感を抱いていないらしい――少なくとも瞬ほどには。
自分が大きな負い目に思っていたことを、ひどく軽く絵梨衣に語られてしまった瞬は、戸惑いを覚えずにはいられなかった。

「瞬さん、あなたも悪いのよ。鈍感すぎるのは罪」
やはりあまり重くない口調で、絵梨衣が瞬をたしなめる。
それから彼女は少し意味深な顔つきになって、自分の発言に訂正を入れた。
「鈍感じゃなくて、臆病と卑屈かしら」
図星を突かれた瞬は、ほとんど反射的に顔を伏せることになったのである。

絵梨衣はそれ以上氷河の肩を持つ気はなかったらしく、さばさばした様子で顔をあげた。
「今時死語スケバンの真似は面白かったけど、氷河さん脚本の茶番に協力するのはこれまでにするわ」
絵梨衣が閲覧用のテーブルを大きく迂回して、図書室の扉の方に移動する。

「私と美穂ちゃんに、約束の協力料を忘れないで。玩具券と図書券を5000円分ずつよ」
労働の代償をしっかり請求してから、彼女は部屋を出ていった。






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