アテナの聖闘士たちは、城戸邸のコンピュータールームで、壁の3分の2ほどを占める大スクリーンに映る戦いの映像を見せられていた。 聖闘士同士の闘いではなく、20年も前に始まり今も終わらず続いている、ある国の長い内戦のドキュメンタリーを。 純朴な人々がささやかな日々の暮らしを営んでいた小さな村――人口が50人もないような小さな村が、ある日突然見知らぬ“敵”の襲撃を受けた。 家族や友人を殺され、幸福を奪われた数人の者たちが、まるでそれが自分の務めと思ってでもいるかのように報復のための銃をとる。 別の貧しい村では、彼等の復讐を受けた者たちが、やはり復讐のために銃を手に入れようとしていた。 彼等の中には、瞬より若い――というより幼い――少年も数多くいた。 彼等の戦いは終わらない。 彼等の復讐はいつまでもどこまでも繰り返される。 彼等の“敵”が根絶されるまで。 “敵”を愛する者たちをも根絶やしにしない限り、復讐は次の復讐を生み、その連鎖は決して途切れることがない。 彼等の戦いを終わらせるには、彼等全員が自らの復讐を望む気持ちを 自らの意思で止めるしかないのだ。 「憎むことを自分で終わらせればいいのに……。そうすれば――」 後悔と共に、瞬は呻くように呟いた。 『そうすれば――と語るのか、自分が』と思わないでもなかったが、自分が結局そうすることができなかったから なおさら、瞬はそう思うのだ。 瞬の隣りの席で映像を見ていた氷河が、スクリーンに映し出されている銃撃戦を眺めながら、瞬を見ずに言う。 「理想はそうだ。理屈もそう。だが、人の感情はそうじゃない。大切なものを奪われたら、奪った者が憎いだろう。『憎むな、その現実を受け入れろ、これからの自分の幸福だけを考えろ』と言うのは酷でもある。生きる支えを失った人間に、憎しみは生きる力を与えてくれるものだし、その人間は自分が生きるために憎むことを始めざるを得なかったのかもしれないしな」 「…………」 氷河はいったい誰の姿を思い浮かべて、そんなことを言っているのか――もちろん氷河に問うことはできなかったが、だからこそかえって、瞬の胸は強く痛んだのである。 氷河は、大切な者たちをあまりに多く失いすぎた。 「同じ苦しみを知る者が多くいるとなおさらだ。人は徒党を組みたがる。共通の敵がいれば団結する。戦争や内戦の拡大は、そういうパターンが多いだろうな。一部の者が休戦協定を結んでも、自分の憎しみが解消されていない者たちはいつまででも戦い続けたがるだろうし」 たった今見ていたドキュメンタリーが、まさにそうだった。 戦いの続行を望む者たちの中には、和平に向けた活動を始めた昨日までの仲間を裏切り者呼ばわりする者もいた。 「憎むことを自分の意思で抑える。そうすれば戦いは終わる。少なくとも自分の中の戦いは終わらせることができる――。その理想・理屈に従って、復讐を自分で断ち切ろうと思った者は、憎悪する者たちでできている集団から離れ、孤独を守ることをしなければならなくなる。それでなくてもつらい時に、そこまで強くなれる人間は稀だろう。誰も自分を理解してくれない。理解されないことに耐えられるか――」 終わらない復讐というものは、個と全体という問題でもあるのかもしれない。 憎まないことで、人に――本来は味方であるはずの人々に――憎まれるという矛盾。 「すべての人が、その孤独に耐えられるほど強くならないと、人は戦いをなくすことはできないだろうな」 「人は弱いから戦うことをやめられないの」 「そういうことになる」 瞬は氷河の見解に納得がいかなかった。 否、瞬は納得したくなかったのだ。 人間はそれほど弱い存在ではないと――少なくとも強い人間もいるはずだと、瞬は思った――思いたかった。 |