ちま瞬がしてのけたことに呆然としているのは、ちま氷河だけではなかった。 ちまくない氷河も星矢も紫龍も――そして、その時にはその死を選ぶはずの瞬本人までが、しわぶき一つ立てずに無言でいる。 星矢たちは、せめてスクリーンの中のちまい氷河に号泣してほしかったのだが、彼にはそんなことをする余裕すらないらしい。 先ほどのドキュメンタリーを見終えた時以上に重苦しい空気が室内に蔓延し、その中で平然としているのはただ一人、知恵と戦いの女神のみ――だった。 「これも一つのパターンね。これからシステム内のエージェントをどんどん増やして、色んな条件を加味して、様々なパターンを採集していくのが、このシステムの狙いよ。その中から最も有効で実現可能な方法を採用して――」 採用して――どうしようというのだろう。 それでこの地上から憎しみと戦いを消し去るつもりだと――そうすることが可能だと、アテナは本気で思っているのだろうか。 「悪趣味です、沙織さん」 紫龍が、これ以上ないほど真面目な声と表情で、彼の女神に告げる。 「瞬、これ、まじでやりかねなくないか? なにしろ、自己犠牲が大得意のお姫様だし……」 そう呟く星矢の声も、いつになく深刻な色を呈していた。 沙織は、だが、彼等の不安と懸念を晴らすどころか、正面からそれらのものを肯定してみせたのである。 「やりかねないのではなくて、やるのよ。この状況でなら、多分本物の瞬も同じことをするわ。もちろん即死の場合や、ダメージが80とか70とか、もっと軽い場合にはまた別な行動パターンを示すこともあるでしょうけど」 「機械の 沙織の言葉を、ほとんど怒鳴っている氷河の声が遮る。 こんなシステムを作り稼働させた沙織を横目で睨み、次にスクリーンの中で もはや微動だにしない2個のエージェントを睨み、それから彼はもう一度、 「機械の考えることなど信用ならない……」 と、同じ言葉を繰り返した。 信用ならない――だが、本物の瞬がそういう行動をとる可能性も否定できない。 だからこそ氷河は、このシミュレーションシステムによって提示された一つの可能性が腹立たしくてならなかった。 |