「おまえは本当にあんなことをするのか」
氷河が一度 為すべきことを為してから瞬に尋ねたのは、その方が冷静になれると――もちろん氷河自身が、である――思ったからだった。
事の前にそんなことを尋ねてしまったら、瞬の答えによっては自分は瞬に乱暴を働いてしまいかねない。
氷河はそれを回避しようとしたのである。
優しくされることにも乱暴に扱われることにも瞬は慣れていて、恋人の気まぐれを瞬はその都度巧みに受け入れてのけることを、無論 氷河は承知していたのだが。

「あれは机上の空論でしょ。ただのシミュレーション。コンピュータの考えることなんて信じないって、氷河も言ってたじゃない」
氷河に問われることを見越していたように、瞬の声は緊張感も深刻さも帯びていなかった。
早鐘を打つ心臓を静めるために仰向けていた身体を氷河の方に向け、瞬がその額を氷河の腕に押しつけてくる。

「そうだ……が、おまえは本当にああいうことをやりかねないから」
「大丈夫だよ。僕はあんなことするほど氷河を愛してないから」
「瞬……」
「って言ってほしい?」

何もかも見透かしているような瞬の応答に、氷河は返す言葉を見付けだせなかった――おそらくは瞬の意図通りに。
たとえ残される者の中に憎しみの感情を生ませないためとはいえ、瞬に自分で自分の命を絶つようなことはしてほしくない。
だが死ぬほど愛されていたいという気持ちも皆無というわけではない。

自分の内の矛盾を突かれ、氷河はそれ以上その話を続けることができなくなった。
こんなふうな不意打ちで瞬にやりこめられてしまうことを、氷河はこれまでにも幾度か経験していた。
同じように、死の時にも、自分は瞬に沈黙を強いられてしまうのかもしれない――そう思えてしまうことが、氷河にはたまらなかったのである。

瞬は無論、激しやすい恋人の心を静めるために、対峙する相手のことを考えて、そうするのだ。
うぬぼれているとそしられることを覚悟して言うなら、『愛ゆえに』。
“愛”を量る客観的なはかりは“命”と“時間”しかないという。
瞬はこれまでにも、愛するもののために――それは氷河であったり、地上に住む人間たちであったりしたが――いとも簡単にその両方を捧げることをした。
瞬はそれができる人間だった。

自己犠牲による自己達成。
瞬がそれを善しとする人間だということを知っているからこそ、だからこそ一層、氷河は瞬に生きていてほしかった。――が。
瞬を、大切なものを守る際に自分の命を惜しむような人間に変えることが困難であることも、自分が好きになった瞬がそういう人間であることも、氷河は知っていた――残念なことに。

瞬が今は生きていることを確かめるために、氷河は瞬の身体をもう一度 自分の下に敷き込んだ。
他に、彼にできることはなかったので。






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