「紫龍、俺、やな予感がするんだけど」
「嫌な予感?」
この異常事態に動じた様子もなく、肘掛け椅子に腰をおろしたままで日本農業害虫大事典を読み続けていた紫龍が、危機感に満ち満ちた星矢の声を聞いて、初めて顔をあげる。
センターテーブルの脇には、氷河と瞬のやりとりから目を離せずにいる星矢が立っていて、彼の顔は少々強張っていた。

「嫌な予感とは――」
紫龍が問い返しているうちに、星矢の予感は的中した。
3人掛けのソファの中央に座っていた氷河と瞬が、そこに彼等の仲間がいることを華麗に無視して、互いに互いを抱きしめ合う。
そして二人は、星矢の目の前で、そのまま唇を重ねてしまった。

「う……わ……」
二人きりでいる時には、それらしいことを色々しているのだろうと察してはいたが、それを目の前で演じられると、さすがに衝撃的である。
星矢は思わず手にしていたケーキの箱を取り落とし、それが床に落ちる前にかろうじて再度キャッチした。
ほっと安堵の息を漏らし、ケーキの箱を受けとめた体勢のまま、彼は上を見上げた――のが間違いだった。
その瞬間、瞬の唇に重なった氷河の唇や彼の頬や顎の動きだけならまだしも、その喉が動く様までが克明かつ鮮明な映像として星矢の視界に飛び込んでくる。

(うわあ〜〜っっ !! )
己れの視力がいいことを、これほど恨めしく思ったことはない。
強大な敵の攻撃を受けて弾き飛ばされるように その場に尻餅をついた星矢は、大声で叫んでしまいたい衝動を抑えるために、自らの小宇宙を燃焼し尽くすことになってしまったのだった。






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