この珍妙な事態に釈然としないのは、星矢だけでなかった。
それは紫龍も全く同じだった。
紫龍は、そして、瞬とは違って、謎が謎のままで存在する状況が心地悪くて仕方がなかったのである。
それが他人事であるからこそ なお一層、彼はこの状況に落ち着けなかった。

「氷河、おまえ、いったい何を考えているんだ」
この中途半端な状況に我慢ならなくなった紫龍が氷河を問い質したのは、氷河と瞬が何もしない同衾を始めてから半月も経った頃だった。

「俺は瞬が好きだということ、かな」
渋面の紫龍に、臆面のない氷河の答えが返ってくる。
求めていたものとは全く内容の違う答えを聞かされて、紫龍の渋面はますます渋さを増した。
「単刀直入に訊くが、おまえ、したくはないのか」
「何をだ」
「おい」
「――と訊き返すのも白々しいか」

氷河も、紫龍の知りたいことが何なのかは、無論わかっていた。
そして、のらりくらりと逃げを打てば打つほど、紫龍の追求が厳しいものになるということも承知していた氷河は、紫龍の単刀直入な問いに正直に答えることにした。
「俺はしたくてしたくてたまらんが、瞬はそうじゃないようだからな。決死の覚悟で相手をしてもらっても、俺は嬉しくない。今の状況が瞬好みなのはわかっているし、だから、そうしている」

薄々察していた通りの氷河の返答に、紫龍は両の肩から力を抜いた。
そして言った。
「あのなぁ。瞬はただの未経験者でも、ただの挑戦者でもないんだ。瞬が好きになった相手は同性で、おまけに体力だけは並み以上の聖闘士で、それだけならまだしも、一つ事に夢中になったら、それしか見えないような大馬鹿者なんだぞ。決死の覚悟くらい必要だろう」

「瞬は俺のために覚悟を決めただけで、瞬自身がそれをしたいわけじゃない」
「おまえのために――。それのどこがいけないのかわからんな。瞬らしいじゃないか」
紫龍は本心からそう思っていた。
そして、その“瞬らしさ”は氷河の好むところであるとも 思っていた。
それが地上の平和や人類の安寧にではなく氷河自身に捧げられたというだけで、それはいかにも瞬らしい――氷河が瞬を好きになった要因の一つでもある、瞬の特性である。

「生け贄か何かのつもりで、瞬は自分を俺に差し出そうとしているんだ」
それが、氷河は気に入らないらしい。
仲間の贅沢と我儘に呆れ、紫龍は嘆息を洩らした。
「おまえも瞬のためにしてやればいいじゃないか」
「その時がきたら、そうするつもりだが」
「今のままでいたら、その時は永遠に来ないかもしれんぞ」
「そういうこともあるかもしれないな」

それも、氷河は覚悟していた。
これ以上、この件に関して話すことはないというような自嘲を、氷河がその口許に浮かべる。
「今のままでも――少なくとも瞬が俺に毎晩付き合ってくれている限り、瞬が他の誰かのものじゃないことは実感できる。半月前に比べれば大した進歩だろう」
「自ら拷問部屋を設えて、そこで時間を過ごしているようなものだな。おまえがマゾだったとは知らなかった」

「俺自身も知らなかったからな」
紫龍の皮肉にも、氷河は薄い笑みを浮かべただけだった。






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