その夜、氷河の部屋の 自分のために作られた場所に 昨夜と同じように身を横たえた瞬は、星矢に言われた言葉を実行すべきかどうかを迷っていた。
『邪推かどうか、氷河に訊いてみろ』

訊いてみたら――氷河は彼の本心を自分に見せてくれるだろうか?
星矢の邪推が邪推ではなく事実だったとしたら、氷河は彼の本当の気持ちを隠し続けるような気がした。
そして、邪推が邪推にすぎなかったとしたら――氷河が自分の期待通りの氷河だったとしたら――。

瞬は、そこで考えることをやめた。
そうではないことを、本当は瞬は知っていた。
だから、その仮定文の先を考えることは無意味である。
そして、事実を氷河に尋ねないことは“卑怯”になる。

「氷河……」
瞬は、恐る恐る自分の横で眠っている氷河の名を呼んでみた。
「どうかしたか?」
まだ眠りに落ちていなかったらしい氷河が、僅かに眉根を寄せてから、どこか不自然な笑みを瞬に向けてくる。
途端に瞬は泣きたい気分になってしまったのである。

氷河の微笑や眼差しはずっとこうだったろうか。
もっと自然に、もっと穏やかに、翳りめいたもののない瞳で、彼は自分を見詰めてくれていると思っていたのは、それこそ自分の勝手な思い込みにすぎなかったのだろうか。
だとしたら、自分は、自身の願望というフィルターを通してしか氷河を見ていなかったのだ――。

どうしようもない いたたまれなさに襲われて、瞬はこの場から逃げ出したい衝動にかられた。
自分だけが心地良いこの場から、今すぐに逃げ出したい。
ベッドの上に起こした身体を、氷河の体温と腕の届かないところまで遠ざける。
「瞬? 本当にどうしたんだ?」
「あ……」

怪訝そうに尋ねてくる氷河のための うまい言い逃れも、瞬は思いつかなかった。
「ごめんなさい。僕、今夜は一人で寝る……!」
半ば悲鳴のような声で それだけを言って、瞬は自分だけが心地良いその場所から、毬が転がるように逃げ出した。






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