今なら、自分がクリスマスミサに行こうと思い立った直接の理由を言っても、氷河は怒ったりしないかもしれない――。 そう思って、瞬は氷河の胸から顔をあげ、暫時ためらってから思い切って口を開いた。 「あのね、神様には内緒にしておいてね。僕が子供の頃にいた教会には、ブロンズのマリア様の像とイエス様の像があって――子供の頃はマリア様ばっかり見てたから気がつかなかったけど、先週、何年振りかで見たら、イエス様のお顔が氷河に似てたんだ」 罪深き人類の救いを成就するため、罪なきまま死んでいった神の子と、ひたすら瞬の救いだけを願う氷河を同列に語る瞬に、似非クリスチャンであるはずの氷河は目を剥いてしまったのである。 瞬が両手をのばし、氷河の頬にかかっていた金髪を彼の耳の向こうに移す。 その手で氷河の頬に触れながら、瞬は切なげな目をして氷河の瞳を見上げ、見詰めた。 「こんなふうに綺麗な顔をしてるのに、すごく悲しそうなの」 「瞬……」 どれほど“綺麗な”造作をしていたとしても、屈託のない笑顔を浮かべたイエス像がこの世に存在するはずがない。 すべての人間が罪なき者として幸福に存在することができるようにならなければ、イエスが心からの笑みを作ることはないのだ。 瞬は、だから、せめて、ここに一人幸福な人間がいるということを、彼に示したいと考えたのかもしれない――と、氷河は思った。 同じことを、悲しい顔をした神の像だけではなく――瞬の言を信じるなら、彼に似たもう一人の人間にも気付いてほしい――というのが、瞬の本当の望みだったのではないか、と。 イエスが決して声をあげて笑うことがないように、冥界での闘いが終わってからの氷河の心の中にはずっと、奇妙なわだかまりが残っていた。 瞬がその命を懸けたのに、何も変わらない世界への苛立ちのようなものが。 瞬は、そのことに気付いていたのかもしれない――感じ取ってはいたのだろう。 そして、瞬が本当に求めていたものは、自分を思っていてくれる人の翳りひとつない笑顔だったのだ。 幸い、氷河はイエスではなかった。 イエスにはできないことが、氷河にはできた。 世界が救われていなくても、ただ瞬ひとりのために一点の曇りもない笑顔を作ることが。 「じゃあ、その美形のイエス像とやらを見物に行くか。二人で」 そう言いながら、瞬が望むものを、瞬に与える。 望んでいたものを その手にした瞬の瞳は、1年間待ち続けていたプレゼントを贈られたクリスマスの日の子供のそれのように、ぱっと明るく輝いた。 |