翌日、瞬は朝から眠そうにしていた。
朝食をとっている間、何度 瞼を閉じかけ、そのまま頭をがくりと落としたか知れない。
午後になって しばらく仮眠をとり、少しは復活したようだったが、翌日にはまた眠そうな顔をした瞬が現れる。
若いの・・・だから・・・たまにはそういうこともあるだろうと、星矢は最初のうちは特に気もとめず、理由を問うこともせずにいた。
が、その状態が数日続くと、さすがに気付かぬ振りもしていられない。
瞬が寝不足のていを示すようになって きっちり1週間後の朝、朝食のティーカップを口許に運ぶ代わりに、自身の顔でカップにフタをしそうになった瞬に、星矢はその訳を尋ねてしまったのである。

「瞬、おまえ、どーしたんだよ!」
「あ……ごめん……。僕、この頃、ほとんど眠ってないんだ」
「なんで!」
瞬は、こんな事態になってからも、こうなる以前と同じ時刻に、就寝のために自室に入っていた。
もちろん以前と同じように――つまりは氷河と一緒に。
「星矢、野暮なことを訊くな。俺は瞬の答えなど聞きたくない」
紫龍が、瞬の答えを見越した顔で、嫌そうに忠告を入れてくる。
星矢とて、そう・・である可能性が99パーセントとは思っていたのである。
が、一度言葉にしてしまったら、答えを聞かずにいるのも不自然ではないか。
星矢は半分開き直って、瞬に再度尋ねた。
「原因は……氷河か?」
「うん……」
軽い苦笑と共に、予想通りの答えが返ってくる。
やはり訊くべきではなかったと、星矢は臍を噛んだ。
眠そうな瞬の隣りの席で平然とコーヒーを飲んでいる氷河を、逆恨みとはわかっていても睨まずにはいられない。

瞬が そんな内部事情を仲間たちに語りだしたのは、そのことを仲間たちに伝えたいと思っているからではなく、話している間は覚醒していられるだろうから――という単純な理由によるもののようだった。
あるいは、瞬は睡魔によって平生の判断力を見失っていたのかもしれない。
瞬が朝っぱらから仲間たちに語りだしたのは、もろに彼と氷河の閨房でのやりとりだった。

「グラード財団がユニセフに多額の寄付をした時、沙織さんが言ってたでしょ。自分が痛みを覚えるほど与えて初めて、その行為は愛から出たものになる……って。氷河ってば、自分が気持ちよくなるだけじゃ、ただ自分の快楽を追っているだけで愛の証にならないとか言い出したんだ」
「へ……?」
「それで、自分が痛みを覚えるまでする・・ことが愛の証になるとか、訳のわからない理屈を持ち出して――口だけだったらよかったんだけど、その実践に取り組み始めちゃったんだよね」
「は……?」

星矢は、瞬に告げられた言葉の意味がよくわからなかったのである。――というより、彼は、氷河の思考回路がどんな具合いになっているのかが全くわからなかった。
故に星矢は、『痛みを覚える』ということを氷河がどう認識しているのかを、まず考えてみることになってしまったのである。
したくてもできないところまで頑張り抜き、その上で更に瞬に奉仕すること――が『痛みを覚える』ことだとでも氷河は思っているのだろうか――と。
そんな馬鹿なと、自らの考えを一笑に付しかけた星矢に、瞬がその推察が正しい旨を伝える発言をしてくる。
「でも、何回しても気持ちいいだけで、疲れないし苦にならないんだよ、僕も氷河も。朝になっても元気なままで――ちょっと睡眠不足にはなるけど……」
そう言ってしまったせいで、瞬は自分の眠気を思い出してしまったらしい。
口に手を当てて、瞬は小さくあくびをした。
その隣りで氷河が――彼もこの場にいたのである――遠慮のない大あくびをしでかす。

「氷河! おまえ、なに考えてるんだよ!」
呆れ顔で仲間を問い質した星矢に、氷河は己れの考えていることを実に堂々と披露してきた。
「俺が気持ちいいだけでは、俺の愛の証が立たん。俺は瞬を愛しているんだ。言葉だけでなく行動で、それを示したい」
「だからって、一晩のうちにそんなに何度もしたら、空砲になるだろ!」
星矢のクレームのつけ方も、今ひとつ 本題からずれている。
氷河は、しかし、それをも正々堂々と真正面から受けとめてみせた。
「コトの成就に支障はない」
「そりゃ そーだろーけどさ、おまえはそれで楽しいのかよ!」

大声で氷河を怒鳴りつけてしまってから、星矢は自分の叱責の無意味に気付いた。
氷河は、この馬鹿げたことを『楽しくなくなるため』にしているのである。
そして、彼は未だその目的に達することができていない。
だからこそ氷河は、連夜 瞬を睡眠不足状態にしているわけで――つまり氷河は自身のそれが空砲になるほど瞬との交合を重ねても、それが快い――のだ。






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