「氷河……!」 生きている時と寸分 その氷河は魂だけの存在なのかもしれなかったが、瞬は彼と抱きしめ合うことはできた。 彼の本来の肉体は、今もまだ埋葬されずに地上にある。 瞬が今抱きしめているものは、この冥界で彼が新たに得た実体なのかもしれなかった。 だとしたら、たった今 瞬の背にあるものは、毎夜瞬を抱きしめてくれていた氷河の腕ではないのだ。 そう思い至った途端に瞬は、たった今まで忘れていた悲しみを思い出し、その瞳には我知らず涙がにじんできた。 「僕は氷河を取り戻したい。どうすればいいの」 やっとのことで、それだけを言う。 その言葉を氷河が喜ぶのか、あるいは彼を苦しませるだけなのか、そんなことすら考えられず――考えたくなくて、瞬は氷河の返事を待たずに言葉を連ねた。 「僕は、氷河が生きているうちに、氷河にしてあげたいことがいっぱいあった。氷河としたいことがいっぱいあった。そうできるだけの時間があると思ってた。僕は――」 どんな境遇にあっても、幼い頃から、瞬は一ときたりとも希望を失ったことはなかった。 瞬の目の前にはいつも 未来と希望とが輝かしく確かなものとして存在していた。 それがこんなにも唐突に失われてしまう可能性を、瞬はこれまで本気で考えたことはなかったのだ。 「オルフェがアテナの聖闘士であることを放棄してまで、ユリティースの再生を求めた理由が、今ならわかる。彼は、ユリティースを愛していたから彼女を取り戻そうと思ったんじゃない。愛し足りなかったから、もっともっと愛したかったから、その未練がオルフェの足を冥界に運ばせたんだ」 もっと愛せるはずだと、自分たちはもっと幸福になれたはずだと、琴座の聖闘士は信じていた。 その確信に導かれて、その満ち足りぬ思いに衝き動かされて、彼は冥界にやってきた。 失われた時や幸福を惜しみ懐かしんで、彼は死の国に足を踏み入れたのではないのだ。 もしオルフェに、自分は十分に生前のユリティースを愛したという自負があったなら、彼は思い出の中の彼女とでも生きていくことができたに違いない。 「僕も彼と同じ。ううん、僕は彼よりずっと愛し足りていない。僕はもっとずっと氷河の側にいたい……!」 うんざりするほどに、食傷するほどに、愛という果実を味わい尽くしたあとだったなら、瞬はここにやってこなかった。 もっともっと心と命を尽くして愛していればよかったという後悔が、瞬をここに連れてきた。 氷河が生きている時、瞬は油断していたのである。 時間はいくらでもあるという根拠のない思い込みのために、瞬は愛するという行為から手を抜いていたのだ。 否、生きるという行為にすら自分が真摯であったのかどうか、今の瞬は自信を持てずにいた。 命を懸けて闘い続けているつもりでいた自分が、本当はただ 命を捨てて闘っていたにすぎなかったのではないかとすら、瞬は疑い始めていた。 |