だが、瞬と氷河は、早くもその翌日には彼と再会してしまったのである。
彼は、グラード財団総帥の個人的な来客として城戸邸に現れた。
セクレタリーらしい黒髪の女性をひとり従えて。
聖域からの刺客を懸念し、護衛として城戸沙織の側にいた瞬と氷河は、城戸邸の明るい午後の客間に昨日の異邦人の姿を見い出して目をみはることになった。

「ハーデスさん……」
「仇名に さんづけをするのもおかしな話だ。ハーデスで結構。私も瞬と呼ばせていただきたい」
ハーデスは、そこに瞬たちの姿を見付けても、あまり驚いた様子は見せなかった。
そして、失念していて当然の瞬の名前を憶えていた。

ハーデスが異邦人なら、故国に帰国して間もない瞬も似たようなものである。
その二人が互いの名を呼び合いながら交わす会話を、沙織が訝るのは当然のことだったろう。
彼女が、瞬にともハーデスにともなく尋ねる。
「知り合いなの」
「昨日、ホテルを見失って途方に暮れていたところを助けていただきました」
沙織に答えたのはハーデスの方だった。
「随行の方がご一緒だったのでは?」
「言葉はわかるし、どうにかなるだろうとタカをくくって一人で外出したのです。ここでは故国くにとは違って、誰も私を知らない。そういう場所で羽を伸ばそうと思ったのですが、どうも私は相当に世間知らずの馬鹿者だったらしく、思ったように事が運ばなかった」

どう考えても、それは氷河への皮肉だった。
当然のことながら氷河は憮然としたのだが、相手が沙織の客となると皮肉を言い返すこともできない。
氷河は昨日よりも更に不機嫌な顔になった。
そして、その場を取り繕うのは、今日も瞬の仕事である。
氷河の分も笑顔の明るさを増して、瞬はハーデスに尋ねた。

「沙織さんのお客様ということは、グラード財団の?」
「私の会社が日本進出を計画しているのです。ぜひグーラド財団総帥のご協力を得たいと思いまして」
「お仕事は何を」
「言うならば、ドイツの片田舎の雑貨屋です。今回の来日は、我が社のブランドをとりあえず日本に知らしめる下準備のため。へたな商社と組むよりはグラード財団と結んだ方がいいと、その筋の友人から助言を得ました。もっとも、私の会社は、多くのマイスターを抱えた地味な手工業中心の企業なので商品を量産することはできないし、商社が満足するほどの利益を見込めないという事情もあるのですが」

「そうなんですか……」
要するに彼は彼の扱う高級雑貨の販路を求めて、沙織の許を訪れたものらしい。
死神か吸血鬼と言われても納得しそうなほど尋常でない雰囲気を持った彼が、極めて現実的な目的を抱えた普通のビジネスマンだったことに、むしろ瞬は強烈な違和感を覚えることになったのである。

一通りの事情説明を終えたハーデスが、沙織の示したソファに腰をおろす。
彼に同行してきたセクレタリーが、すかさずプレゼンテーションのための資料を2セット、テーブルの上に出し、彼女は、書類をテーブルに置くために僅かに身体を屈めた状態で、さりげなくハーデスに耳打ちをした。






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