「瞬、本当に私と来ないか」
ハーデスが再び瞬にそう言ってきたのは、氷河のために氷河を避けることしかできない日々に瞬が傷付き果てたある日のことだった。
瞬に向けられるハーデスの眼差しは、瞬の傷心を知り抜いているというかのように穏やかで静かだった。

「私は彼とは違う。君に負い目がない分、私は彼のように甘くはない。君は君自身の力で幸福になるべきだと私は思う。そうなれなかったとしても、それは君のせいであって、彼のせいではない」
瞬は、その言葉には同感だった――同感しないわけにはいかなかった。
「誰のせいでもない。人は結局、自分ひとりで立っていなければならないし、ひとりで生きていかなければならない。そして、そのために強くならなければならない。君と彼は傷を舐め合うことで、ますます互いの傷口を広げているように見える。よくないことだ」

ハーデスの言葉は、ある意味では辛辣で、ひどく厳しいものだった。
だが、その厳しさが、今の瞬の心には甘く快く響いてくる。
誰かに守られ庇われ気遣われるばかりの自分自身に、瞬は傷付いていた。
嫌気がさしていたのだ。

「瞬。君には戦いは似合わない。私は君を戦場から遠ざけたい。兄君のことがなければ、君が戦場に立つ意味もないのだろう? その兄君も今はいない。私と来ないか? 私は、君に戦い以外の生きる目的を与えてやれる。一緒に来てくれたなら、私は君の教育も生活の面倒も見るつもりだ」
「そんなことをして、あなたに何の得があるの」
人は決して損得のことだけを考えて生きているものではない。
瞬はそう信じていた。
ただ、今の瞬は、自分が誰かの負担になることを極端に恐れていた。
だから瞬は、そう尋ねずにはいられなかったのである。
瞬の考えを見透かしたように、ハーデスが瞬によって彼が得る利益の内容を瞬に知らせてくる。
「可愛くて優秀なボディガードを手に入れることができる。今の君は、彼の側を離れた方がいい。君自身のためでもあるが、それ以上に彼のために」

『氷河のために』――それは、今の瞬には甘美すぎる言葉だった。
氷河のためにできることが自分にはある――そう思えることは、今の瞬には希望であり、救いですらあった。
「私と来れば、君は誰の重荷にもならずに済む。君は、彼を君への負い目から解放してやるべきだ」
何か不思議な力に操られるように、瞬は彼の言葉に頷いてしまっていた。






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