元地獄の渡し守は、さすがに強靭な肉体を有していた。 瞬に乞われるまま城戸邸にやってきて 常人の3日分の食事を腹の中に収めると、彼の肉体はすぐに従前の力強さを取り戻した。――肉体だけは。 「氷河、おまえ、奴をいじめたんだろ」 布袋和尚のような腹を抱えて 用意された部屋に引きこもってしまったカロンに、さすがに同情の念を抱いた星矢は、こういうことでは冷酷になりきれる仲間に嘆息しつつ、彼を責めたのである。 「いい歳をして 倍も年下の瞬に惚れるのは変態だと、真実を教えてやっただけだ」 「瞬に惚れる……って、それ、何か違わねーか? カロンのあれは、むしろ何つーか……」 しいて例えをあげるならば、カロンにとって瞬との出会いは、ヘレン・ケラーがこの世に言葉というものがあることを初めて悟った瞬間のようなものだったのではないかと、星矢は思っていた。 この世界には存在しないと信じていた、信じる以前に想像したこともなかった美しいものに出会い、心を打たれて、ほとんど鳥のヒナの刷り込みのように、カロンは、彼自身の本能に 瞬を特別な存在として刻みつけてしまったのではないだろうか――と。 「どういうふうにであれ、瞬にイカレている男はみんな俺の敵だ」 このことに関してだけは どこまでもクールを通す氷河に、星矢は盛大な溜め息をついたのである。 たとえその顔が人類外であろうと、氷河はカロンをいつまでもいじめ続け、敵視し続けるに違いない。 星矢はカロンが気の毒でならなかった。 |