そんな奇妙な日々を ひと月も過ごしたある日。
氷河が瞬の部屋に忘れていったロザリオを――彼は彼の神を捨てていないことを瞬に示そうとするかのように、毎晩それを身につけて瞬の部屋を訪れていた――瞬は氷河に返しにいった。

「なぜ、おまえがこれを持っている?」
瞬の手から金色に輝くそれを受け取った氷河が、訝るように瞬に尋ねてくる。
「夕べ、僕のところに忘れていったんだよ」
瞬は軽く微笑しかけ、だが、すぐにその笑みを消し去って、氷河に事情を説明した。
また、あの悪ふざけが始まりかけていることを感じながら。
「夕べ? なぜおまえのところに?」
「氷河……」

いったいなぜ彼はそんな悪ふざけを繰り返すのか――。
その意図を量りかね、また心配して、瞬は自分の右手を氷河の左の頬に伸ばした。
「氷河、本当にどうしたの……?」
「なんなんだ、おまえは! 馴れ馴れしい!」
氷河が乱暴に――まるで瞬の指先から電流を流し込まれでもしたかのように、自身の頬に添えられたものを振り払う。

その時、その場には氷河と瞬の他には誰もいなかった。
二人のことを知られて困る他人は、その場に誰もいなかったのである。
「馴れ馴れしい?」
瞬は、そろそろ氷河の悪ふざけに耐え続けることの限界に達しかけていた。
本当に悪ふざけなのなら、もう振り回されたくない。
「氷河は夕べはもっと――ううん、毎晩僕に馴れ馴れしいことしてるでしょ!」
氷河を責める瞬の口調は我知らず険しいものになり、
「何を言ってるんだ、おまえは……。頭がどうかしたんじゃないのか……?」
対照的に、氷河の語調が弱まる。
彼は本当に、“瞬の頭”の具合いを心配しているようだった。

「氷河……」
瞬の中には、その時 既に、氷河の悪ふざけへの憤りは存在していなかった。
その時初めて瞬は、その疑いをはっきりと自覚したのである。
これまで意識するまいと思うほどに意識して、無理に押し殺していた その疑念。
それは、『今 自分の目の前にいる男は誰だ?』という疑いだった。






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