いつもなら すぐに瞬を追いかけてきて、甘い言葉の限りを尽くし、瞬に謝罪してくる氷河が、その日は瞬を追ってきてはくれなかった。
もう“悪ふざけ”で言い逃れを続けることは不可能だと、“彼”も自覚したのだろう。
“彼”が瞬の前に姿を現したのは、夜になってからだった。

昨夜と同じように、彼は瞬の部屋にやってきた。
いつもなら瞬の部屋に来るなり、その言葉と指と唇とで瞬を愛撫し始める彼が、今日はドアの前に立ったまま一言も口をきかず、瞬に触れようともしない。
彼は、瞬の出方を窺っているように見えた。
同時に、瞬の反応に怯えているようにも見えた。

昼間あったこと、その訳を、彼に確かめなければならない――と、瞬は思ったのである。
だが、それをしてしまったら、待っているのは“二人でいること”の破滅かもしれない――とも思う。
間に他人の距離を保ちながら、二人は随分長いこと無言で互いを見詰めていた。

「瞬……」
その沈黙に、先に耐えられなくなったのは氷河の方だったらしい。
彼と同じくらいに 耐えることが苦しくなっていた瞬は、彼がそれ以上何ごとかを言うのを妨げるように、急いで彼の側に歩み寄った。
そして、彼の背に腕をまわし、爪先立って、彼の唇をふさぐ。

「先に――」
二人の関係を壊してしまうかもしれない言葉を聞くよりも先に、その前に、瞬は、“氷河”だけが自分に与えることのできるあの一瞬を もう一度、心と身体のすべてで感じておきたかった。






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