その時を先延ばししようとするかのように、氷河の愛撫は慎重だった。 それでいて、執拗だった。 一度その瞬間に至ると、それで終わらせまいとするように、すぐにまた新しい愛撫を始める。 氷河は、歓を極め尽くした瞬がそのまま眠りに落ちていくことを期待していたのかもしれない。 が、彼によって与えられる歓喜と陶酔が深ければ深いだけ、激しければ激しいだけ、今夜に限って、瞬の五感と意識は常以上の明晰さを取り戻すのだった。 喘ぎが大きく深くなりすぎて、息も絶え絶えな状態になりながら、それでも瞬は、その夜、自分の意識を手放さなかった。 尋常でない胸の上下動が収まると同時に固く閉じていた瞼を開けた瞬に、氷河は――氷河もまた覚悟を決めたらしい。 彼は諦めに似た吐息を洩らし、瞬から離れた。 自分の隣りに仰臥し目を閉じてしまった氷河の腕に指先だけで触れて、瞬は彼に尋ねたのである。 肉体の満足を得たら、次には心の不安を取り除こうとする自分自身の貪欲を、悲しく浅ましいものと感じながら。 「……氷河は氷河だよね?」 「当然だ」 氷河が、目を閉じたままで、即座に瞬に答える。 その横顔を見詰めながら、瞬は、これほど美しい貌が二つとあるはずがないということを、改めて、そして確信をもって、認めていた。 「じゃあ、あの人は誰」 「あの人とは」 「僕のこと――僕と氷河とのことを知らない氷河だよ」 だが、あれも氷河であることは間違いない。 彼は、今 瞬の隣りにいる氷河と同じ際立って端正な貌を持ち、瞬の名を知っている。 瞬の仲間の一人として、彼はごく自然にそこにいた。 ただ“二人のこと”だけは忘れきっている氷河――瞬には、彼がそういうものであるように感じられていた。 「……みっともないことだし、 “二人のこと”を知っている氷河は、もはや甘い言葉で瞬を撹乱させようとはしなかった。 少しく ためらいの様を見せはしたが、彼は明瞭な発音で、その事実を瞬に告げた。 「つまり、氷河の中には2つの人格があるんだ」 「2つの人格……?」 星矢が冗談口調で言っていた記憶障害に類することを、自分は氷河の口から聞くことになるのだろう――という瞬の推察は見事に外れ、そのために瞬は、彼に言うべき言葉を咄嗟に見付けることができなかった。 代わりに氷河が、淡々と言葉を続ける。 「まあ、解離性同一性障害いわゆる多重人格……と言っていいだろう。基本人格・主人格はあの馬鹿の方かな。俺は奴の記憶も有しているが、奴は俺がこの身体を支配している時の記憶が欠落している」 「そんなことが……」 それで“氷河”は“二人のこと”を憶えていなかったのだ。 “二人のこと”は彼の知らないところで起こった、彼には知りようもない他人事だったから。 |