「なぜ、そんな……」
「なぜ、そんなことになったか?」
瞬の呟くような問いかけに、彼は初めてその目を開き、自嘲めいた笑みを浮かべた。
もう一人の自分を軽蔑に値するものだと思うことで、彼は、自分の存在に自信を取り戻したのかもしれない。
彼は、その手で瞬の肩を抱き寄せた。

「まあ、しいて言うなら、あの馬鹿の思い込みが原因だろうな。自分は孤独だという」
「孤独?」
「実際には、奴が本当に孤独だったことはただの1日だってない。奴には母親がいたし、仲間がいた。奴を愛している者はいくらでもいた。奴の側にはいつだって誰かがいたんだ。だが、奴がそのことに気付かず、自分は孤独な人間だと思い込んでしまったら、奴にはそれが真実だからな。だから、あの馬鹿は、その孤独に耐えるために、孤独を苦痛と感じない俺という人格を自分の中に作ったわけだ」
自分をそういうものだと説明する彼は、だが今、誰よりも孤独を――ひとりになることを――怖れているように、瞬には見えた。
無理に自分という存在に自信を持とうとしながら、彼は不安なのだ。――おそらく。

聖闘士になって日本に来てからは、俺の出番はなくなっていた――と彼は言った。
アテナの聖闘士として仲間たちと共に闘うようになってから、奴は孤独を感じなくなっていた――と。
「だが、奴がおまえを好きになるにつれて、俺は力を取り戻し始めた。奴には俺という存在が必要だった。臆することなくおまえに近付き、好きだと告げ、抱きしめることのできる“氷河”が、奴にはどうしても必要だったんだ」

早くそういう“氷河”が現れないと、おまえを他の誰かに奪い取られかねない――“氷河”のその焦りが、彼自身ではない存在に力を与えることになったのだと言って、“彼”は他人・・自嘲・・した。
「奴はマザコンで、失われた命をいつまでも嘆いていて、直情的なくせに、おまえには臆病で、どうしようもない男だ。俺はといえば、そんな奴を苛立たしく思っていて、奴よりは行動的でドライで、おまえを他の誰かに取られないよう、さっさと口説いて自分のものにする我儘な男」

甘い言葉と愛撫で、瞬をその胸の下に敷き込んだのは、主人格ではなく交代人格の方の氷河の方だったらしい。
彼はあの時と同じ態勢になって――瞬を自らの身体の下に敷き込んで――、瞬の瞳を見詰め、尋ねてきた。
「おまえはどっちが好きだ」
――と。






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