その夜を境に、“二人のこと”を知っている氷河は、瞬の前から消えてしまった。
というより、氷河の中にあった二つの心は融合したらしく、翌日から瞬が接することになった氷河は、“彼”の積極性と技術、“氷河”の不器用と思いが入り混じった、器用なのか不器用なのか、積極的なのか消極的なのかの判断の難しい氷河だった。

瞬が、氷河の反応を確かめるように彼の頬に手を伸ばすと、彼は反射的に瞬の手を払いのける――以前の“氷河”のように。
だが、すぐに、その場を取り繕い、自然な・・・笑みを作って・・・
「熱でもあるように見えたのか?」
と尋ねてくるのだ――“彼”のように、そつなく。
そんな氷河の様子を数日間 観察したあとで、ある日、瞬は氷河に告げた。
その瞳の中に二種類 存在した青が、今はただ一つの青色を呈していることを確かめながら。

「急に変なこと言ってごめんね。僕、氷河が好きなんだ。氷河は忘れてるかもしれないけど、僕たちが初めて会った日に、氷河が僕に矢車菊の花をくれた時からずっと」
「……」
氷河が、その青い瞳を大きく見開く。
あの幼い日の面影を残しながら、そこに数年分の経験を加えた彼の瞳は、あの時と全く同じではないように、瞬には思えた。
その違いに、一瞬間だけ戸惑いを覚える。
だが、瞬は言葉を続けた。
「僕、あの花、すごく大切にしてたんだ。押し花にしてね、アンドロメダ島にも持っていったんだよ。でも、肌身離さず持っていたのが仇になって、聖衣を手に入れるためのサクリファイスを受けた時に、海に流してしまった……。けど、今でも、僕がこれまでに出合った花の中であの花がいちばん綺麗な花だったと思ってる」

氷河の瞳の色を変えたものは何なのだろう。
人を変えるものは何なのだろう?
初めて出会った時には 綺麗で優しいとしか思わなかった花と人。
今の自分は、それらのものが僥倖のように与えられるだけでは満足できず、自らの意思で手をのばし、我が物にしたいと思っている――。
自分自身のそんな変化が、瞬は不思議でたまらなかった。

「いつか失われるものを愛するのはもういや? 氷河は恐いの?」
瞬の言葉と眼差しに魅入られているようだった氷河が、初めて我にかえったように顔を固く強張らせる。
自身の心を見透かされていると感じて、彼は困惑しているのかもしれなかった。

――今度は、瞬が、氷河に見詰められる番だった。
氷河は随分長い間、瞬の瞳を無言で凝視していたが、やがて観念したように深く長く吐息した。
「恐くても……愛さずにいられないものがあるようだ」
氷河の右の手が、瞬の髪に触れる。
左の手が、同じように瞬の髪に触れ、それがすぐに瞬の背におりていく。
そうしてやっと、瞬は“氷河”に抱きしめてもらうことができたのだった。






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