ヒョウガは、まもなく地上から消え去る王国と1本の川を隔てて隣接する国の王子だった。
そのヒョウガの許に、かの国からの招聘しょうへいがあったのは、あの誓約からまさに16年目の年の春のことだった。

ヒョウガの叔父である国王は、
「あの国の王家は断絶することが確定している。もしかしたら、かの国は、王子亡き後、我が国への併合を望んでいるのかもしれぬ。決定権を持つのは、神に奉げられる王子だそうだ。せいぜい 良い顔を見せて来い」
と、まず、国の利害を考える治世者の顔をしてヒョウガに命じた。
それから、一つの王家の一員の顔になり、
「どれほど豊かな王国も、いずれは地上から消え去る時がくる。その様を見ておくことも、未来の国王にとっては良い経験になるやもしれぬ」
と、神妙な顔で告げた。

小国とはいえ、有力な神の絶対的な守護のもとに豊かに栄え、他国の羨望を集めてきた王国の終焉の時。
そこに立ち会えるというので、ヒョウガは興味津々で自国をあとにしたのである。
母方の従兄であるセイヤとシリュウを誘い、彼はほとんど遊山気分だった。


「ようこそ。王子がお待ちです」
王が不在の王宮は、最後の王族が消えてしまったらどうなるのだろう。
白い石で作られたその城は さほど大きなものではなかったが、非常に洗練された佇まいの美しい建物だった。
そこに、白い長衣と白く長い髭を蓄えた老人たちが、まるで冬の精霊のように立ち並んでいる。
白い城でヒョウガ一行を出迎えたのは、現在国政を取り仕切っている国の長老たちだった。
害意は感じられないが、生気も感じられない。
神に守られることに慣れ、平穏に慣れきった国の民は皆こういう顔になるのかと、ヒョウガは思うともなく思ったのである。
あるいは、消え行く国の民の顔とはこういうものなのかと。

そして、問題の最後の王族。
王ではないからなのだろう、ヒョウガが通されたのは玉座のある部屋ではなく、王子個人のこじんまりとした私室だった。
四方の白い石壁を覆う白い布でできたとばりが、窓から入り込んでくる春の風に揺れている。
ヒョウガが室内に入っていくと、その部屋の主が掛けていた長椅子から立ちあがり、ヒョウガの側に歩み寄ってきた。

彼は、おそらく、神の気に入るようにと、鳥籠に閉じ込められた小鳥のように育てられたに違いない。
白い短衣からのびた手足は、少女のそれよりも繊細で傷付きやすいように見えた。
緑色の宝石のような瞳が、人間ではありえないほどに澄んでいる。
だが、それは無知ゆえの清澄なのだろうと思うと、ヒョウガはその美しさにあまり感動も覚えなかったのである。
ただ、これほど美しい姿を有する人間が 恋も知らぬまま神の国に連れて行かれるのは惜しいとだけ、彼は思った。

「はじめまして。シュンといいます。事情が事情なので、短いお付き合いになると思いますが、よろしく」
存外に聡明さを感じる明瞭な発音で、最後の王子がヒョウガに名を名乗ってくる。
その声は、やはり小鳥の歌のように快い響きをたたえてはいたが、この年頃の少年が持っていてしかるべき気負いや覇気のようなものが全く感じられない。
ひどく穏やかな声と表情だった。

この理不尽な運命を強いられたのがもし自分だったなら、自分は必ず玉砕覚悟で華々しい抵抗を試みることだろう――と、ヒョウガは思った。
が、ヒョウガは同時に、子供の頃から自分に課せられた運命を受け入れるように言い聞かされて育てられたなら、彼がこんな表情の持ち主になるのも致し方あるまいと納得もしたのである。
納得せざるを得ないほど、シュンは反抗心のない従順そうな目をしていた。

「我等が王子は、この年頃の普通の少年とはお立場が違いますゆえ、決してお怪我などさせぬよう、お気遣いくださいませ」
そう言って、ヒョウガたちを案内してきた長老たちがその場を立ち去ると、室内には、初春の微風と、春という季節にふさわしい年齢の者たちだけが残された。
警備の者を置いていかないのは、そうすることでヒョウガたちへの信頼を示そうとしてのことらしい。
『もしかしたら、かの国は、王子亡き後、我が国への併合を望んでいるのかもしれぬ。決定権を持つのは、神に奉げられる王子だそうだ。せいぜい、良い顔を見せて来い』
ヒョウガは、彼をこの国に送り出した時の叔父の言葉を思い出したのである。
その推測は当たっているのかもしれない。
ヒョウガには、老人たちの思惑などどうでもいいことだったが。






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