「おまえは、この春分には、その身を神に供することになっているそうだが、それでいいのか」 挨拶もせずに、ヒョウガは、彼が現在最も興味を引かれていることを単刀直入にシュンに尋ねた。 シュンがヒョウガの率直さに驚いたように瞳を見開き、礼儀をわきまえていない従弟に、シリュウが渋い顔をする。 対照的にセイヤは、ヒョウガ同様興味津々の 「いい悪いという問題ではないんです。神との誓約を 「その誓約も、おまえが赤ん坊の時に、おまえの父と神の間で勝手に交わされたものだそうじゃないか。自分の預かり知らぬところで自分の運命を決められて、それを従容として受け入れることに不服はないのかと聞いているんだ」 「他にどうすることもできません」 「旱魃から救われたのは、おまえじゃないだろう。恩恵を被った者たちが代価を払うべきだ」 「僕も恩恵を被りました。国の民が救われて、僕自身も生き延びることができた。国が滅びなかったおかげで、僕はこれまで何不自由のない生活を続けてこれました。誰かが代価を払わなければならないのなら、僕こそがそれを払うべきだと思います」 運命を強いる者たちの言葉の受け売りだとしても、シュンの応答は、ヒョウガには思いがけないほどきっぱりしたものだった。 あまりにできすぎの答えが、ヒョウガの勘に障る。 年下の華奢な子供相手に、ヒョウガはつい挑戦的な口調になった。 「おまえは生きていて楽しいか? 今まで楽しかったか? 明確に終わりの見えている人生を生きることは恐ろしくはないか」 「誰でもいつかは死にます」 シュンの答えは答えになっていなかった。 が、それは事実でもある。 数日後には神に奉げられることになっているシュンよりも先に ヒョウガが死なないとは、誰にも言えない。 シュンの返答に不愉快になったヒョウガが僅かに唇を歪めると、その様子を見たシュンは、なぜかひどく嬉しそうに、その目にやわらかい微笑を浮かべた。 「恐いですよ。神に奉げられるということがどんなことなのかも、僕にはわかりませんし」 神に奉げられることが“死”なのかどうかも、自分にはわからないのだから――と、シュンはヒョウガに告げた。 そのあたりは、ヒョウガにも実は全くわかっていなかったのである。 神に奉げられた人間に、当然のことながら彼は会ったことがなかったので。 “彼等の神”は、本来は未婚の処女のみを彼の神殿に奉げさせていたという。 大神ゼウスにさらわれオリュンポスの酌人にされたというガニュメデスのように、シュンもまた神の館で仕事を与えられるだけであるという可能性もなくはない。 だが、シュンは、十中八九 それが“死”であることを確信しているようだった。少なくとも、人間としては死ぬことになるのだろうと。 「それより、ごめんなさい。僕の我儘でこんなことになってしまって。いよいよ その日が近付いているので、僕、長老たちに、生きていることを楽しんでいる人の姿を見たいと頼んだんです。そういう人を守るために自分の人生を奉げるのだと実感できれば、安らかな気持ちでその日を迎えられるだろうと思ったの。国内の誰かのつもりだったのに、皆は誤解したようで――。僕はずっとこの城から出たことがなくて、同年代の友人がいなかったものだから、皆は 僕が友人を欲しがっているのだと考えたのかもしれません」 申し訳なさそうにそう告げるシュンを、ヒョウガは、呆れたお人好しだと思ったのである。 が、彼は人が好いだけの少年でもないらしく、シュンはすぐに別の言葉を続けた。 「あるいは、皆は、他国に併合されるのならあなたの国がいいと、暗に僕に意見しているのかもしれませんが」 具体的なことは何ひとつ聞かされていないのだとしたら、彼は、少ない情報から実に的確な結論を導き出している。 ヒョウガは、無垢そのものに見えるこの王子は年齢にふさわしくないほど聡明で冷静な人間だと、認識を改めざるを得なかったのである。 少なくとも彼は、ただの愚直で 我が身を犠牲にしようとしているのではない。 無言でシュンを見おろしていたヒョウガに、彼はまた とらえどころのない微笑を向けてきた。 「いずれにしても、皆の勘違いに感謝します。ヒョウガは生気に満ちていて、とても眩しい。会えてよかった」 「おまえは姿だけは恐ろしく綺麗だが、少しも輝いていない」 その微笑に戸惑う気持ちを隠すために、ヒョウガがぶっきらぼうに言い捨てると、シュンはひどく切なそうな目になった。 |