消え行く国でのヒョウガたちへの待遇は申し分のないものだった。
食事は美味で、用意された部屋も快適そのものである。
目をみはるほど豪華というのではなかったが、すべてが上品ではあった。
この国の者たちがもし、国の独立を保つことにこだわらず、本当に他国への併合を望んでいるのだとしたら、彼等はそんなことでは消えることのない自国の文化への自負があるのだろうと、ヒョウガは思わざるを得なかった。

快適な寝台で心地良く目覚めた翌日、ヒョウガは、朝の王宮の庭にシュンの姿を見い出した。
昨日の刺々しい態度を少々反省しながら、シュンのいる庭へと下りてみる。
「おはようございます。昨夜はよく眠れました?」
シュンの丁寧な挨拶に、ヒョウガは無愛想に無言で頷いた。
ヒョウガの態度に気を悪くした様子も見せず、シュンがまた あのとらえどころのない微笑をヒョウガに向けてくる。

春の庭では、シュンの腰の丈ほどの低木が、競い合うように白い花を咲き乱れさせていた。
雪のような花に満ちた庭の中で、ヒョウガはシュンの胸許に、彼に似つかわしくない金属の胸飾りがあるのに気付き、朝からまた不愉快な思いに支配されてしまったのである。
どうせ身を飾るのなら、シュンは、そんなものではなく この庭に咲き乱れている花をこそ その身に飾るべきだと、ヒョウガは思った。

「それは何だ」
自分の胸にあるものに ヒョウガが嫌そうな視線を向けていることに気付いて――だが、なぜそれがヒョウガを不機嫌にさせているのかは理解できていない様子で――問われたことにシュンが答える。
「これは、亡くなった父が神との誓約を交わした時、王宮の揺り籠の中にいた僕の胸許にふいに現れたものなんだそうです。神との誓約の証、なのかな」
細い鎖で首にかけられていた胸飾りを外して、シュンはヒョウガにそれを指し示した。

金か白金か――見慣れぬ金属でできているそれは、美しくはあるが温かみのない光を放っていた。表面に刻まれている『永遠にあなたのもの』という文言が、ヒョウガの神経を逆撫でする。
それは、シュンを欲する神の、シュンに対する呪縛なのだ。
自身に課せられた呪縛ではないというのに――ヒョウガにはそれがひどく鬱陶しい物に感じられて仕方がなかった。

「俺なら抗うぞ。自分で決めたというのならともかく、他人に強いられた運命など、俺には絶対に受け入れられない。俺がおまえの立場にあったら、俺はすぐにでもこの国を抜け出す。俺は、俺の生きたいように生き、そして死ぬ」
苛立ちを隠すつもりもないヒョウガへのシュンの返答は、思いもよらないものだった。
シュンは、その目許にやわらかい微笑をたたえて、
「ヒョウガは何のために生きてるの」
と尋ねてきたのだ。

「何のためと考える以前に、生きていることは楽しいじゃないか」
ほとんど何も考えずにそう言ってしまってから、自分は生きることの何を楽しいと思っているのか? と、ヒョウガは改めて考えた。
ヒョウガにとって“生きていること”とは、毎日新しい出会いがあり、思いがけない出来事が起こることだった。
“生きる目的”などという大層なものを意識したことはなかったが、そんな日々をつまらないと思ったこともない。

シュンは――シュンも、人に誇れるほどの“生きる目的”は持ち合わせていないようだった。
しかし、シュンの目には、“死ぬ目的”だけは明瞭な形を持って見えているらしい。
「仮にも王家の一員に生まれたのですから、僕は国の民の役に立ちたい。生きていることでは役に立てないのなら、死ぬことで。それで、僕が生きてきたことに意味が生まれる。生きている今の僕は――存在自体が無意味なんです。意味は死後に生まれる」

「生きていても何もできないと思っているのなら、確かにおまえは死んだ方がいいだろうな」
シュンの穏やかな表情が、ヒョウガに苛立ちを運んでくる。
その苛立ちが、彼に、シュンを突き放すような言葉を吐かせた。

「そうですね……」
庭に咲き乱れる白い花々が、シュンの頬を寂しげな白に染める。
自分はなぜシュンに悲しい顔しかさせられないのかと、ヒョウガは自分自身にまで苛立ち始めていた。






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