「おまえなら、運命に抵抗するだろう、セイヤ」
「そりゃまあ。死んだらすべてが終わりだもんな。鴨の丸焼きも、蜂蜜と芥子の実を振りかけたヤマネのパイも、ソースが絶品の魚料理も食えなくなる」
セイヤはこの国のもてなしが いたく気に入ったらしい。
王家の犠牲に成り立っているこの国の食卓は、豊かで洗練されていた。
生きていたい理由としては極めて低次元なものだったが、セイヤのそれは、ヒョウガには、シュンの“死ぬ目的”よりも はるかに納得できる理由だった。

「おまえの憤りはわからないでもないが――」
この国に来てからずっと不機嫌でいる従弟に、シリュウが溜め息をつく。
「あのお姫様のような王子様には、家族もなく友人もいないんだろう。つまり、あの王子がこの世界から消えてしまっても、悲しむ者はいないんだ。周囲もその運命を当然のこととして受け入れ、望んでさえいる。あの子は、生きていることに未練の感じようがないんだろうな。若くして人間界を離れることがわかっていたからか、親密な人間関係も作らずにきたようだし」

「だからと言って……!」
それとて、周囲の人間に仕組まれたことではないか。
シュンが受け入れようとしている未来は、シュンの意思によるものではない。
ヒョウガは、自分がこの国に招かれたのも、シュンの希望をわざと曲解した周囲の者たちの したたかな策謀のような気がしてならなかった。
ヒョウガの国は安定した大国である。
その安定は、この国の者たちが誇りにしている文化の保持のために重要な要因であるに違いないのだ。

シュンもその周囲の人間も――この国の何もかもが、ヒョウガをいらつかせる。
なぜ自分はこれほどまでに苛立っているのかと落ち着いて考えることもできないほど、ヒョウガは苛立っていた。

「あの王子様に悪あがきをさせたいのなら、今から未練になるものを持たせればいい。可能性は皆無ではないだろう。悟りきった振りをしてはいるが、あの王子様にも潔くなりきれない部分があるには違いない。死の間際に、『生きている人間に会いたい』などということを言い出したくらいなんだからな」
「未練……。好きな食い物のことでも思い出させるのか?」
ヒョウガがそんな らちもないことを呟いたのは、その場で笑いを取ろうなどということを考えたからではない。
彼は、他にどんな方法も思いつかなかったのである。
シュンには 肉親もなく、親しい友人もなく、周囲の者たちには 人の世から消え去ることを当然のこととして許容され、当人もまた自分の命が他人の役に立つことを喜んでいる。
そんな人間に、いったいどんな未練を、どうすれば抱かせることができるというのだろう。

真顔でたわ言を呟くヒョウガに、シリュウはあからさまに侮蔑の表情を作った。
「おまえまでセイヤレベルになってどうする。まあ、最も手っ取り早いのは恋をさせることだろうな。どこかから美少女でも連れてきて」
「あれより綺麗な? 無理だ」
シリュウの提案を、ヒョウガが即座に却下する。
そんなヒョウガに、シリュウは意味ありげな視線を向けた――ところに、セイヤが割り込んでくる。

「なんで恋なんだよ。友だちじゃ駄目なのか?」
セイヤはそれが心底から不思議でならないらしく――彼は、食べ物でシュンに未練を抱かせる旨の発言をした時のヒョウガ以上に真剣な目をして、シリュウに問うてきた。
セイヤは、友だちでいいのなら自分たちで事足りるのに――と言いたげな顔をしていた。
彼はシュンと友人関係になることに やぶさかではないのだろう。
セイヤは人当たりのよい この国の王子様が気に入っているようだった――この国の食べ物と同様に。

一国の王子を鴨の丸焼きと同レベルで語るセイヤの言葉に、シリュウは苦笑せずにはいられなかったのである。
セイヤに悪気がないことがわかっているせいで、彼は気軽に笑ってしまうことができた。
「友人関係というのは、基本的に、考え方や価値観が全く異なっていても互いの立場を尊重できる関係のことを言う。シュンが国のために死ぬというのなら、その意思を尊重するのが友人だろう。恋にそういう側面がないとは言わないが、恋は一つの運命を共に生きることだからな。それに――」
いったん言葉を途切らせたシリュウは、横目でヒョウガの表情を窺い、それから続く言葉を吐き出した。
「友情を育むには時間がかかるが、恋に落ちるのは一瞬だ」

シュンには時間がない――。
その切実な事実を 暗にシリュウに示唆されて、ヒョウガは唇を噛みしめた。






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