自分の望む通りに動いてくれない瞬を、思うさま好きなように操ったなら この憤りは消えるかもしれない――と期待しなかったわけではない。
だが、その期待は空しいものだった。
どれだけ瞬を喘がせ 泣かせ、瞬の嫌がることを無理にさせても、氷河の憤りは静まらなかった。
あふれるほどだった肉体的欲望をすべて吐き出し、その上 更に絞り出すようにして、それを瞬に受けとめさせたというのに、それでも気が収まらない。
身体に比べて感情というものは いかに厄介なものかと、瞬から離れ、その横に仰向けに横になって、氷河は思ったのである。

「氷河、どうかしたの」
氷河の様子がいつもと違うことに気付たらしい瞬が、氷河の金髪に手をのばしてきた。
氷河との交合の余韻のせいで、その瞳はいまだに熱を帯び、潤んでいる。
呼吸も、瞬はまだ平常のそれには戻っていなかった。
本当なら口をきくのも億劫な状態なのだろう。
それだけの無理をさせた。
氷河は――本当は、瞬を気遣いたかったのである。
『無理をするな』と言ってやりたかった。
が、身体の数百倍も扱いの難しい感情というものが、氷河にそれをさせてくれなかったのだ。

「今日、どこに行っていた」
瞬を見ずに、低い声で、氷河は責めるように瞬に言ってしまっていた。
「あ……。心配させちゃった? ごめんね。ありがとう」
瞬が、囁くように小さな声で、氷河に謝ってくる。
それが更に氷河の勘に障った。

「ありがとうなんて、おまえが言うな!」
その言葉を瞬に言ってしかるべき者たちが誰も口にしないのに、瞬は言う必要のない相手にまでその言葉を告げる。
この不合理、この不条理が、氷河は我慢ならなかった。

「氷河、何か怒ってる?」
意地を張ったようにきつく結ばれている氷河の唇を見詰めながら、瞬が氷河に問う。
「別に」
氷河からの返事は、極端に素っ気ないものだった。
答えにもなっていない。
氷河の隣りで、瞬は口をつぐんだ。

こういう時の氷河をあれこれ うるさく問い詰めると、彼は更に強情になる。
氷河の不機嫌の理由が、たとえば、彼が今日一日ひとりで城戸邸に取り残されたことによるものなら――その程度のことなら――自分が沈黙して待っていれば、氷河はすぐに自分を抑えていられなくなることを、瞬は知っていた。
氷河は、そして、すぐにわざと我儘な男になりきって、無言で彼の答えを待っている者に当たりちらしてくる。
そうなったら、自分は氷河に平謝りに謝って、二度とそんなことはしないと約束すれば事は丸く収まるのだ。
それがわかっていたから、瞬は、氷河の横で大人しく、彼が彼の腹立ちの理由を口にするのを待ったのである。

まもなく氷河は、瞬の期待通りに、その口を開いた。
だが、氷河の口から出てきた言葉は、瞬が想像していたものとは全く違っていた。
彼は、突然瞬の身体を抱きしめて、
「俺は、おまえが生きていることに感謝している。おまえが ここに存在していることにも感謝している。こうして俺と寝てくれることにも感謝しているぞ」
と言ってきたのだ。

「氷河……ど……どうかしたの?」
氷河の思いがけない言葉に驚き、瞬はその瞳を大きく見開いた。
そんな瞬をほとんど睨むような目で見詰めた氷河が、だが、すぐにまたそっぽを向く。
「どうもしない。言葉通りだ」

瞬は、何がどうなっているのか、まるで理解できなかった。






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