『おまえが俺の側にいてくれれば、それでいい』 ――というのが、各種記念日での氷河の決まり文句だった。 クリスマス、誕生日、聖バレンタインデー、ホワイトデー、オレンジデー、恋人の日、その他諸々、この日の本では一年中プレゼントの名目に困ることはないというのに、瞬は氷河にプレゼントを贈ったことがない。 氷河の決まり文句に納得させられていた部分もあるが、瞬がそれをせずにきたいちばんの理由は、そもそも そのプレゼントを購入する金を瞬が持ちあわせていないという点にあった。 女神アテナこと城戸沙織は、彼女の聖闘士たち名義の銀行口座を作り、毎月数十万単位の金を振り込んでくれている。 その金にほとんど手をつけていない瞬の口座の残額はそろそろ一千万の大台に乗ろうとしていたが、その金で氷河へのプレゼントを購うのは何かが違っているような気がして、瞬はそうする気になれずにいたのである。 だが、自分が働いて得た報酬で氷河へのプレゼントを購入し、それを彼に贈りたいという野望(?)は、いつも瞬の胸の内にあった。 折りしも、季節は春。 街を歩けば、まだ身に馴染んでいないスーツを着た新社会人たちに出会い、各種調査機関は、今年の新入社員たちの初任給の使途についてのアンケート結果を公開し始める時期である。 だから、だった。 瞬が、その日 突然、自分も働いてみようと思いたったのは。 そう決意した瞬は、まず最初に、城戸邸から少々離れた場所にある書店に入った。 沙織の力には頼りたくなかったので、書店で求人情報誌でも購読しようと考えたのである。 瞬は、できれば福祉関係の仕事に従事したいと思い、該当ページを探してみた。 求めるページはあったのだが、それらの求人のほとんどは、求職者に介護福祉士、社会福祉士、ホームヘルパー等の資格と経験を求めていた。 何より年齢で、瞬は弾かれてしまう。 「どんな仕事に就きたいんだ?」 少々気落ちして、瞬が、手にしていた情報誌を書店の棚に戻した時、ふいに瞬に声をかけてきた男がいた。 「え……?」 瞬が顔をあげると、そこには歳の頃40前後とおぼしき男性が立っていて、彼は妙に はすに構えた姿勢で瞬を見おろしていた。 その視線は、まるで値踏みするように、瞬の全身に向けられている。 彼の身なり自体はしっかりしたもので、むしろ平日の昼下がりの書店にいる人間には不釣合いなほどきちんとした三つ揃いを、彼はその身にまとっていた。 瞬が毎日出会っている仲間たちほどではないが、顔立ちも整っている。 「あ、できれば福祉関係の――」 突然見知らぬ人間に声を掛けられたことに戸惑いつつ、瞬が答えると、彼は我が意を得たりと言わんばかりの笑顔になった。 「君にぴったりの仕事があるんだが」 まるで覆いかぶさるように迫ってくる中年の男に気おされて、瞬は我知らずその場で一歩 後ずさってしまったのである。 「日々の生活に疲れ傷付いている人の心を癒す手伝いをする仕事なんだ。君のように見るからに害のなさそうなタイプの子がウチの店にはいなくて、私はそういう人材をずっと探していた。ぜひ君の力を借りたい」 「疲れ傷付いている人の心を癒すお仕事……?」 その場に氷河がいたら、彼はこの 胡散臭さでいっぱいの男を早々に追い払っていただろう。 しかし、瞬は氷河に内緒で働きたいと考えていたため、その場に氷河はいなかった。 そして、瞬は、彼の勧誘を渡りに舟と喜んでしまったのである。 求めよ、さらば与えられん。これはおそらく神の思し召し、しかも、どうやら自分は彼に資質を見込まれているようである。 そう感じた瞬は、張り切って、 「はいっ!」 と元気良く彼に頷いてしまったのだった。 |