それやこれやの条件が重なって、瞬がその店のナンバー1になるのに さほどの時間はかからなかった。
が、それは1ヶ月後の話。
初日の仕事を終えて城戸邸に帰った瞬を待ち受けていたものは、氷河の憤怒の表情だった。
なにしろ瞬が帰宅したのは深夜0時過ぎ、初めての午前様をしでかしてくれた瞬を、氷河が機嫌よく迎えてくれるはずがなかったのである。
そして、相手が氷河となると、瞬も酔っ払いを追い払うように簡単にその追及をかわすことはできなかった。

「あの……僕、今日からバイトを始めたんだ。働くのって、本当に大変なんだね」
瞬は、自分の仕事のつらさではなく、今日出会った客の苦労のことを言ったつもりだったのだが、いずれにしても氷河は、そんなことは全く聞いていなかった。
彼はただひたすら、瞬の無断午前様に立腹していたのである。
「おまえが働く必要がどこにある。聖闘士稼業だけで十分だろう」
瞬を面詰してくる氷河の目は、怒りのために完全に据わっていた。
こうなった経緯を正直に告げないと、彼の怒りを和らげることは不可能そうである。
そう感じた瞬は、少々ためらいを覚えながらも、氷河には内緒にしておこうと思っていたことを、彼に白状するしかなかった。

「僕、今度の氷河の誕生日に、自分が働いてもらったお金でプレゼントを買いたいと思ったから……」
「なに?」
瞬の可愛らしい告白を聞かされた氷河の表情は、目に見えて和らいだ。
抑えようとしても湧きあがってくる笑みを懸命に押し殺し、氷河は無理に険しい表情を作って、重ねて瞬を問い質したのである。

「今から俺の誕生日の心配をしてくれるのは嬉しいが、しかし、帰宅がこんなに遅いバイトは俺はあまり感心しないぞ。おまえはいったい どういうバイトを始めたんだ」
「ホストのお仕事」
「ポストの仕事?」
氷河は、ごく自然に、そう聞き違えたのである。
瞬に勤まる職種の中に、“ホスト”という仕事は存在していなかったのだ――氷河の認識では。

ポストの仕事というと、それは当然U政公社の仕事ということになる。
確かに最近は24時間稼動のU便局が増えているようではあるし、U便局の夜間受付や夜間事務のバイトというのは、実にありそうな仕事だった。
かの公社は、年末年始には学生アルバイトを募集する機関でもあり、初心者が働くにはいいところなのかもしれない。
氷河は、そう考えた。――考えたのだが。

「おまえの勤労意欲は褒めてやらないでもないが、それで疲れて俺の相手をしないというのなら、俺はやはりおまえのバイトには賛成しかね――」
「どうして? 僕、全然疲れてないよ?」
「……」
たった今、瞬は、『働くのは大変だ』という意味のことを言っていたような気がする。
だが、まともに瞬の言葉を聞いててなかった氷河は、その矛盾点を自信をもって突いていくことができなかった。

「いや、それならいいが……。じゃ、寝よう」
「うん……!」
探りを入れるように誘いをかけると、瞬は嬉しそうに氷河の腕に自分の腕を絡みつけてきた。
そして瞬は、その言葉通りに、しっかりとその夜の務めを果たしてくれたのである。

こうなると氷河も、面と向かって瞬の勤労意欲を責めることはできなかった。
『四六時中 俺の側にいろ』などという子供じみた我儘を言って 瞬の行動の自由を制限することは、氷河にはできなかったのである。
プライドというもののせいでもあったが、何より、そんなことを言って瞬に独占欲の強い男だと思われることを、彼は避けたかったのだ。
かくして氷河は、瞬の“ポストの仕事”を容認することになってしまったのである。






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