氷河の言葉は、瞬を尋常でなく不安にした。
氷河にそんな誤解を受けることは耐えられない。――瞬には、それは耐えられることではなかった。

「どうしても……しなくちゃならないのかな。しないと、ほんとに僕が氷河を好きなことにはならないのかな……」
それでも瞬の相談相手は星矢しかいない。
星矢がその手の相談事に向いていないことはわかっていたのだが、瞬の不安は、自分ひとりの胸にしまっておけるようなものではなかった。
瞬は、藁にもすがる思いだったのだ。

「んなことないだろ。今までおまえらはシてなかったわけだけし。でも、氷河がおまえを好きなことも、おまえが氷河を好きでいることも、俺にはわかってたぞ。おまえがしたくないのなら、氷河は無理強いしないだろ」
そういう次元に未だ足を踏み入れたことのない星矢は、異なる次元に立つ人間の目に見える客観的事実を瞬に告げることしかできない。
星矢の言葉は問題解決の糸口になるようなものではなかったが、それなりに瞬への慰めにはなっていた。

「そ……それでいいのかな。あの……あの気持ち悪いキスくらいまでなら、僕、なんとか我慢できるんだ」
「気持ち悪い?」
瞬の言う『気持ち悪いキス』がどういうものなのか、これまた星矢には想像することしかできなかった。
が、それを『気持ち悪い』と感じてしまう瞬に何らかの問題があることは、星矢にもわかった。
常人は、それがどんな類のものであれ、好きな相手との接触を気持ち悪いと感じることはないだろう。

問題があるのなら、それを解消すべきだと考えるのが星矢である。
彼の辞書に『逃避』という単語は載っていない。
だから星矢は言ったのである。
『今のままのおまえでいればいい』という最悪の助言の代わりに、今のままでいたら瞬の上にやがて訪れるであろう未来を示唆する言葉を。
「おまえとデキないくらいのことで、氷河は心変わりはしないだろ。それは俺にも保証できる。でも、まあ、氷河に浮気されるくらいのことは覚悟しといた方がいいかもな」

星矢の忠告には、少々氷河への同情が混じっていたかもしれない。
ともあれ、彼の言葉は、瞬の頬から完全に血の気を奪ってしまったのだった。






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