瞬は氷河が好きだった。 それなりに独占欲もあった。 “気持ちの悪いキス”はともかく、瞬に幸福というものを実感させてくれた あの優しいキスを、氷河が自分以外の誰かに与え、あの幸福感を氷河と他の誰かが共有する場面を想像しただけで、瞬の胸は痛いほどに締めつけられた。 思い描くだけで、これほど苦しいのである。 それが現実のものになったなら、自分の心は永遠に凍りついてしまいかねない――。 そう思ったから、その夜、瞬は氷河の部屋に行ったのだった。 そして、彼に尋ねた。 「氷河は、あの、僕とそういうことしたいと思ってるの……?」 「そういうこと?」 小刻みに震えている瞬の様子を見れば、わざわざ確認するまでもなく、瞬が言わんとしていることの内容は氷河にもわかった。 そして、それは、嘘をついてごまかしても良い結果を生むことのない種類の問いかけだった。 「ああ」 だから、氷河は正直に瞬に頷いた。 その答えを聞いた瞬が、唇をきつく噛みしめる。 『そんなことを考える氷河は嫌いだ』と瞬になじられることを、氷河はその時覚悟していた。 それは瞬なら言いかねない言葉だと思ったし、言われても氷河はさほど驚きはしなかったろう。 望むものが違う二人の恋に どういう折り合いをつけるべきなのかという問題の答えは全く見えていなかったが、氷河は、自分の望みを瞬に拒まれる覚悟だけはできていた。 だからこそ氷河は、きつく引き結ばれていた瞬の唇から、 「じゃあ、今から僕にそれをしてください」 という言葉が飛び出てきたことに仰天したのである。 それは、氷河が覚悟していたこととは真に逆の発言だった。 「瞬……?」 「でも……!」 氷河に氷河の覚悟があったように、瞬は瞬なりの覚悟を決めて、そんなことを言い出したものらしい。 ほとんど泣きそうな目をして、瞬は氷河に訴えてきた。 「僕、嫌なんだ。ほんとは、僕は、本当はそんなことしたくない。僕はきっとうまくできない、平気な振りもできない。逃げようとするかもしれない。だから、氷河、僕を殴ってでもいいから、無理にでも――」 「……殴っていいと言われても――おまえが本気を出したら、おまえは俺を追い払えるだろう」 「なら、氷河、僕を凍気か何かで動けなくして、それで……」 本音を言えば、氷河は、瞬がなぜそこまで必死なのかが理解できなかった。 瞬が何を怖れてそんなことを言い出したのかが、全く。 確かに氷河は二人がそうなることを望んではいたが――期待もしていたが――、瞬に実際にそれを求めたことは、まだ一度もなかったのだ。 「そそられるシチュエーションだが――結局、おまえはそれをしたいのかしたくないのか」 「……」 氷河の質問に、瞬からの返事はなかった。 それが、瞬の正直な答えなのだろう。 氷河としては、瞬の髪に手をのばし、意識して優しく、 「無理をするな」 と言ってやるしかなかったのである。 が、瞬は、氷河の手が添えられた 弱々しくではなく、はっきりと。 「無理しないと、氷河は僕を嫌いになるんでしょ。それは嫌だ」 「瞬」 「それは絶対に嫌」 まるで何かに挑むような目と声音で そう言い、言ってから、瞬は、また気弱に顔を伏せた。 そうして、今度は実に頼りない口調で呟く。 「僕は氷河が好きなんだもの……」 「……」 一般的に、それは、好きだから受け入れることのできる行為であって、嫌われないために行なう行為ではない。 瞬の理屈は、本末が転倒していた。 平生は春の陽射しのように穏やかで 基本的に控えめな瞬には、時折、恐ろしく感情を昂ぶらせることがあり、そういう時、瞬は自身の感情を隠すことができない。 瞬のそんな性癖は、氷河もよく知っていた。 だが、なぜ今、瞬が |