翌日から氷河は、華胥の国の政治向きの見直しを始めたのである。 瞬の予言を信じたわけではなかったが、自分の在位期間を左右するらしい税制を、氷河はまず調べた。 そして氷河は、西戎の者たちがこの国の民に課した税率に呆れ果ててしまったのである。 農民に対して収穫の8割を国に納めるように定めていたのでは、どれほど豊作が続いても彼等は生きてはいけまい。 米や麦を納められない場合には物納・金納を許すという寛容な但し書きは、農民たちに家を捨て、土地を捨て、生まれ故郷を出ていけと宣言しているようなものだった。 北狄に流れ込んできた華胥の国の難民たちは、生まれ育った土地を好きで離れたわけではなく、その家や土地を国に奪われ、否応なく流浪の身にさせられてしまったのだ。 異国からやってきた治世者たちは、この国の民を愛していなかった。 国を富ませることなど考えていなかったのだろう。 「まず、税の軽減から始めなければならないな。これでは、この国の民にさっさと死ねと言っているようなものだ」 これまでの政治を継承していたのでは、難民問題は解決しない。 そう悟って、氷河は、執務室の卓に積まれていた法令書の類をまとめて処分するように、部下に命じた。 そこに、瞬がやってくる――もしかしたら、もう少し前から彼はそこに来ていたのかもしれなかったが。 彼は、この城内のどこにでも誰にも咎められずに入ることを許されていたらしく、氷河に入室の許可も求めなかった。 楽しそうに氷河の側に駆け寄ってきて、卓の向こう側から物怖じした様子もなく、瞬は氷河にねだってきた。 「王様、王様。王様の国と僕の国はひとつになったんでしょう? だったら、国境の湖に大きな港を作って。あの湖では、おいしい貝がたくさん獲れるの。おさかなもいっぱい獲れるの」 それは、この大陸の気候や土地柄を熟知している者なら、誰が言い出してもおかしくない提案だった。 これまでそれが実現されずにいたのは、西戎の支配する華胥と北伐の国が その湖を互いに自国の領土と主張し合い牽制し合っていたせいだったのだ。 しかし瞬は、この城の内は自由に闊歩できても、城外に出ることは許されていなかったはずである。王冠の逃亡の可能性を、西戎の王は何よりも怖れていただろう。 まして、知恵の足りない者に各国の政情や土地柄など知りえるはずがない――知る機会があっても、理解できるはずがない。 これも予言者の予言なのか――瞬には、北の湖で漁業の発展する様が見えているのか? ――と訝る氷河に、例の従僕がまた、彼の掴んでいる情報を開示してくる。 「予言者様は、図書室が気に入りの場所だそうですから」 「文字が読めるのか」 「絵図を眺めているんですよ。この城の図書館には、この国が豊かだった頃の様子を描いた図画がたくさんあるそうなんです。西戎がこの国にやってくる以前には、我が国と華胥の国は友好的にあの湖の資源を利用していましたから。まあ、その……“おさかな”が食べたいだけなのかもしれませんが。予言者様はなかなかの美食家のようですし」 「こんなに細いのに」 現在の瞬の年頃には、氷河は瞬の倍も筋肉のついた腕と脚で北の草原を馬で駆けていたが、さほど食にこだわってはいなかった。 血となり肉となる食物が飢えを感じない程度に手に入れば、それで満足だったのだ。 食にこだわることは文化の高さの証なのかもしれないが、瞬自身は大食漢というものとは対極の位置にいて、好物は果物の類ばかりのようだった。 が、瞬はそれからも、食は細いくせに、『あれが食べたい』『これが食べたい』と言っては、農作物を植えることや畑の開墾を氷河にねだってきた。 『――が食べたい』だけだったなら、氷河も瞬の予言を不審に思ったりはしなかったろう。 だが、人並みの知能がないはずの瞬の予言には、必ずといっていいほど“豊かな国”の形象がついてまわり、それが氷河の胸中に疑念を生むことになった。 |