「どうにかしてやった方がよくないか? 瞬は氷河の常軌を逸した独占欲にびくびくしてるし、氷河は瞬のカラダにしか興味ないそうだし、あの二人がくっついてることに、どんな意味があるんだよ!」 星矢の行動の規範の第一は、それが正義であるか否かということだった。 そして、星矢が見た氷河は、決して“正義”ではなかった。 となると、星矢の取るべき道はただ一つ。 この城戸邸にはびこる悪を討ち、正義の道を打ち立てることのみ! ということになる。 「おかしいだろ。瞬にだけ門限があるなんて!」 星矢はすっかり氷河の邪悪と闘うつもりでいるらしいが、紫龍はそんな星矢にほいほいと同調するわけにはいかなかった。 問題は、人が正しくあることは、必ずしも人を幸福にすることではない――という部分にある。 人間は感情というものを有しており、それは時に真っ向から正義と対立することもあるものである。 そういった場合、人は、正義ではなく感情に従った方が幸福になれるようにできているのだ。 「しかし、当の瞬本人が氷河に反抗する意思を持たずに、唯々諾々と従っているわけだしな……」 瞬の意思を尊重するなら、これは第三者が口を出すべき次元の問題ではない。 氷河の不正義が為されているのは、人類の存亡に関わるような広い世界においてではなく、二人の人間の意思と感情とで構成されている恋という世界でのことなのだ。 「それは、強迫観念のせいだろ。瞬は、氷河に逆らうと殺されると思ってるんだよ。しかも、アレで! 聖闘士が腹上死なんて、瞬でなくても体裁が悪いし、避けたいだろ!」 「瞬が腹 「今は、そういう冷静な突っ込みはいらないんだってば! 揚げ足とるなよ!」 真面目な顔をしてふざけたことを言うから、紫龍の冗談は笑えないのだ。 星矢は、せっかく強く大きく燃え上がり始めていた正義の小宇宙に水をかけられた気分になって、口をとがらせた。 もっとも、この手の邪悪を打ち倒す際には、小宇宙の有無は全く重要な問題ではない。 敵は、物理的な力ではなく、目に見えず身体に感じ取ることもできない力で 瞬を支配しているのだ。 「こういうの、何て言うんだっけ……?」 「一般的には専制君主制と言うだろうが、これはもう恐怖政治の域に達しているかもしれないな」 その恐怖政治を撤廃するには、小宇宙を燃やしても無意味である。 現実に、氷河と同等、あるいは それ以上の力を持っているはずの瞬が、為す術もなく氷河の支配に屈しているのだから。 「なあ、氷河に、瞬には他に好きな奴がいるって言ってみるのはどうだ? だから瞬から手を引けって」 問題は小宇宙ではない。 となると、それは、星矢の得意分野ではなかった。 それでも星矢は、星矢なりに、正義の遂行のための知恵を絞ってみたのだが、彼の提案は紫龍に一蹴された。 「氷河に殺されるぞ」 「誰が」 「全人類が」 「それは――」 それは、大いにありえることである。 瞬の“本気”に段階があることは周知の事実だが、氷河が真の意味で本気になったところは、誰も見たことがない。 少なくとも、敵への攻撃の前にふざけたダンスを披露している氷河は、まだまだ本気の域に至ってはいないだろう。 それでも彼は勝ち続け、生き延びてきた。 氷河の“本気”は、誰も知らない。 氷河の“本気”は、底が知れないのだ。 もしかすると、瞬が氷河に逆らわずにいるのは、瞬が“氷河の本気の発動”という事態を心配しているからなのかもしれない――と、星矢は思ったのである。 人類滅亡の悲劇を避けるため、瞬は、かのアンドロメダ姫のように我が身を氷河に奉げているのかもしれない――と。 「一度に全面的な解決を望むのはやめよう。おまえには もどかしく思えるかもしれないが、ここは地道に、まず氷河に あの理不尽な門限を撤廃させるところから始めるべきだ」 「どうやってだよ?」 『ドオォォォォーン!』『BAKOOOoooN!』『ぐわぁぁー!』で一発解決が好きな星矢には、もちろん、そういう地味な対処方法は もどかしく、焦れったく、物足りなく、歯がゆいものだった。 星矢の理想的解決方法は、ペガサス彗星拳の圧倒的な力の前に敗北を認めた氷河が、仲間たちの前で滂沱の涙を流し、「俺が悪かった」と自らの非を認めるような――できれば、場所は太陽が沈みかけた砂浜が望ましい――そういう結末に至る解決法だったのだ。 そんな星矢が、紫龍の提出してきた地味な解決方法に 一も二もなく協力する気になったのは、それが実に粋で意表を突いた策だったからである。 氷河に門限を撤廃させるための策として、紫龍は、 「氷河に門限を破らせる!」 という案を提示してきたのだ。 規則の番人に規則を破らせれば、彼は他人に厳しいことを言えなくなる。 紫龍の逆転の発想に、星矢は大いに乗り気になった。 |