善は急げとばかりに、翌日、星矢と紫龍は、アテナの命令と偽って氷河を日本の最果てにまで連れ出した。 つまり、城戸邸から遠く離れた日本最北の地・宗谷岬に氷河を引っ張っていったのである。 城戸邸を10時に出て、空港まで1時間、稚内空港まで2時間、稚内空港から宗谷岬までバスに揺られ、途中乗り継ぎがうまくいかなかったため、結局片道に6時間を費やす大旅行の末、彼等はその場にいた。 ここからの帰宅は、聖闘士といえども容易ではない。 彼等の目の前には、オホーツク海と日本海が合流した灰青色の色の海がある。 首都圏と比べると10度以上も低い気温、更に北の海から吹き寄せる強風のせいで、体感温度は更にマイナス10度。 「沙織さんは、この辺りで、不審な気配を感じたと言ってたんだ」 あまり寒さに強くない星矢は、半袖のTシャツ一枚だけの姿で身震いしながら氷河に告げたのである。 しかし、氷河は、仲間の説明を全く聞いていなかった――らしい。 彼は、携帯電話の電源を切りながら星矢にきっぱりと宣言した。 「悪いが、俺は先に帰るぞ。今 確認したら、稚内空港5時発の飛行機に乗らないと、10時までに城戸邸に帰りつけない」 「何言ってんだよ。ここに来て、まだ5分も経ってないじゃないか。沙織さんは、この辺り一帯をくまなく調査しろと――」 氷河は、星矢に逆らう時間も惜しいと感じるほどに、気が急いているらしい。 彼は、三人の聖闘士の他にはカモメの姿もない海岸をぐるりと見渡すと、 「調査した。不審な者の姿はない」 と、至極真面目な顔をして、星矢に調査結果を報告してきたのである。 「もう少し真面目に、与えられた任務に取り組めよ!」 5時の飛行機に氷河を乗せないため、星矢は必死に彼に食い下がった。 「なんか、今、怪しい物音がしなかったか」 「ただの海鳴りだ」 「あそこに見えるの、氷のピラミッドなんじゃ」 「あれは稚内ドーム」 「海の向こうにあるのは、もしかすると悪者の秘密危地――」 「サハリン島だろう」 「あっ、今、人魚が海から顔を出した!」 「海にいるのは人魚ではありません、と中原中也も言っている」 ――等々、星矢は、はねつけられても はねつけられても、火のないところに煙を立てるため、氷河をその場に留め置くために、必死になって頑張った。 正義のため、人類存続のため、そして、瞬のために、星矢は必死に頑張った。 が、星矢の食い下がりは結局徒労に終わり、氷河は強引に5時発の飛行機に乗り込んでしまったのである。 一時は、『天は我を見放したか』と絶望した星矢だったのだが、天はやはり正義に加担するものらしい。 一度は空港を離陸した飛行機の自動推力調整装置に不具合を示す計器表示があったため、氷河の乗った飛行機は稚内空港に引き返すことになってしまったのである。 点検後、予定より90分遅れで、飛行機は再度北の大地を飛び立ったのだが、氷河が城戸邸に帰り着いた時のグリニッジ標準時間は14:05:05 。日本の時計で、23:050:05 。 つまり門限の午後10時を1時間以上過ぎたあとだったのだ。 |
■ 『海にいるのは人魚では』: 『北の海』@「在りし日の歌」 By 中原中也
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