まだ混乱の ただ中にいる星矢に比べると、さすがに紫龍は理解が早かった。
それは“理解”であって“納得”ではなかったが、ともかく彼は、彼がこれまで幾度も目撃してきた氷河の傲慢な態度の裏に隠されていた事情に、初めて気付いたのである。
「シンデレラ姫は、瞬ではなく おまえの方か……!」
考えてみれば、瞬が門限を守っているかどうかを氷河が毎日確認しているということは、当該時刻には必ず氷河自身が城戸邸にいる――ということなのだ。
つまり、氷河は、瞬よりも厳しい門限を課されている――ということなのである。

氷河は、紫龍の用いた比喩が気に入らなかったようだったが、今の彼はそんなことにクレームをつけるほどの気力も余裕もなかったらしい。
彼はただ、仲間に浅く頷くことだけをした。
「今回みたいなこともあるし、色々不自由だから、一度門限撤廃の話をしたことはあるんだ。そうしたら、瞬は――」
「ネビュラストームでもかましてきたか」
「それだったらどれだけましか。瞬はな、俺の前で泣き出したんだ。いいか、ものも言わずに涙だけぽろぽろ零して、2時間ぶっ通しで目の前で泣かれてみろ。殴られたり、恨み言を言われる方がずっとましだ。あの時俺は、自分が瞬から一生逃れられないことを戦慄と共に自覚したんだ」

星矢と紫龍は、氷河の告白を聞いても、彼に同情することはしなかった。
同情はせずに――彼等は恐怖したのである。
まるで真綿で首を絞めるような――瞬の見事な攻撃に。
「……アンドロメダ姫というより、魔女メディアだな」
「まあ、言うことを聞いてやってさえいれば、瞬は可愛いし、優しいし、あっちの方も最高だし――」
自らの発言を、さすがに辛辣に過ぎたと思ったのか、氷河が今度は瞬を持ち上げ始める。
が、彼は、言いかけた言葉をすぐに途切らせた。
「あっちの方は……少し好きすぎるきらいもあるが」
『あっちの方』が『どっちの方』なのかは、星矢も今ではわかっていた。
が、この点に関しても、氷河と瞬の証言は微妙に食い違っている。

「瞬は、おまえの相手がきつすぎて、毎晩死ぬ思いをしてると言ってたぞ」
氷河と瞬、どちらの言葉を信じるべきかを、星矢はまだ判断し兼ねていた。
そんな星矢に、またしても氷河から恐怖の事実が告げられる。
「瞬にしぼり取られてるのは俺の方だ。もうできないと思っても、瞬にあの目でねだるように見詰められると、嫌とは言えなくなって――。で、まあ、気がつくと俺は何も残っていない。毎晩、見事に すっからかんだ。聖闘士でなかったら、俺はとうの昔に腎虚で死んでいる」

「す……すげー浮気封じ」
「搾乳器のような奴だな」
男にとって、これほど恐ろしく、これほど致命的な攻撃法があるだろうか。
さすがに星矢たちは、氷河への同情心が湧いてきてしまったのである。
「瞬の機嫌がいい時は、それでも少しは加減してくれるんだが、瞬の機嫌が悪い時は――」
“その時”を思い出して、氷河はぞっとしたようだった。
彼は、第三者の目にも それとわかるほどに はっきりと頬を青ざめさせた。
ちなみに、この場合の『機嫌が悪い』は、『立腹している』ではなく『泣いている』状態を言うらしい。

「機嫌が悪いと、瞬は、『僕が嫌いだから、もうできないの?』とくるんだ。頑張るしかないだろう、男なら」
氷河が、ほとんど呻くように告げる。
それで頑張れてしまうところが、へたに常人以上の体力を有し 限界を超え慣れてもいる白鳥座の聖闘士の不幸なのかもしれない――と、星矢は思ったのである。

「でも……おまえ、あっちの方がいいから、瞬が好きだとか言ってたじゃないか。だから、瞬を独占したいんだとか何とか」
「瞬のいるところで、本当は俺は相当無理をして頑張っているんだと言えると思うか? 瞬は、自分の過剰な要求が俺を瞬に縛りつけることになっているという自覚がないんだ。自覚させて、傷付けたくもない。だから、むしろ、俺は瞬とのアレが好きなんだとアピールしておけば、瞬は幾らかでも自分に自信を持ってくれて、不安からくる瞬の独占欲も少しは弱まるんじゃないかと思ったんだ」
「……」

不安――。
確かに、そうなのだろう。
命を賭けた闘いを共に闘い、その上、尋常でないほど緊密な肉体関係を続け、それでも瞬が――もしかしたら氷河も――二人の関係に安心しきれずにいるのだとしたら、彼(等)がそう感じることの原因は、正体のわからない漠然とした不安以外にはありえない――のだ。






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