氷河を縛りつけているのは瞬の方。氷河はむしろ、互いに束縛し合わない自由を求めている――。
星矢と紫龍は、氷河の証言をそのまま鵜呑みにしていいものかと思わなかったわけではない。
氷河の言葉を疑う彼等の気持ちは強かった。
なにしろ彼等は、瞬が氷河に尋常でない束縛を受けていると信じるに足る場面を、これまで幾度も目撃していたのだ。

何より、瞬が仲間に嘘をつくとは思えない。
相手が仲間でなくても――そもそも瞬は人に嘘をつくような人間ではない。
もしかしたら瞬には、自分が嘘をついているという自覚がないのかもしれず、瞬は本当に自分が氷河に尋常でない束縛を受けていると信じ込んでいるのかもしれない。
無論、その思い込みは、瞬ではなく氷河の方が陥っている思い込みである可能性もある。

そう考えて、星矢は、自分が肝心なことを確かめていなかったことに気付いた。
すべては、そこにかかっている。
好きな男に受けるセクハラはセクハラではないのだ。
好きな相手に受ける束縛は、情熱であり、愛情であり、誠意でさえあり得る。
瞬の受け取り方次第、氷河の受け取り方次第で、二人の間にある約束の意味は違ってくるのだ。
氷河が瞬を好きでいるのであれば、瞬からの束縛は氷河にとって愛情の表現たり得、瞬が氷河を好きでいるのであれば、氷河からの束縛を瞬は本心では嫌がってはいない――に違いない。

だから星矢は――今更ながらではあったが――基本に戻ってみたのである。
基本に戻って、彼は氷河に尋ねた。
「おまえは瞬が好きなのか? そんなきつい目に合わされてても?」
「なに……?」
氷河は、いったい星矢はなぜそんな馬鹿げたことを訊いてくるのかと言いたげな顔になった。
その顔を、だが、すぐに真顔にする。
それから彼は、おそらく部屋の中に閉じこもっている瞬に聞こえるように、明瞭な声音と音量で、その言葉を告げた。
「俺は、俺だけが瞬だけのために生きていると思っているし、瞬だけが俺だけのために生まれてきてくれたのだと思っている」

それで、星矢はすべてを了解した。
瞬は――瞬も――氷河と同じ気持ちでいるのだ。
だから、一見横暴にも見える氷河の行動に、瞬は逆らわない。
抗う力がないわけではないのに、逆らわない。
氷河と瞬は、どちらかがどちらかを縛っているのではなく、互いが互いに縛られていることを楽しんでいるだけなのだ。
不安をすら楽しみの燃料に変えて、二人はただ恋し合っているだけだったのだ――。






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