「何を見てるの」 この海岸に人がいることは珍しい。 シュンが人間の姿を見たのは10日ぶりだった。 シュンが彼に声をかけたのは、だが、決して人恋しさのためなどではなく、浜の岩場に立っているその青年の髪の色に惹かれたからだった。 それは、まもなく水平線に接しようとしている夕暮れ間近の太陽の光を受けて、金色に輝いていた。 身に着けている衣服は漁師や船乗りのそれではなく、膝上丈のサーコートで剣帯にロシア風の 陽に焼けて鍛えられた体躯は商人のものとは思えないが、軍人にしてはくだけている。 イタリアのいずれかの都市に雇われている傭兵か、警備船の戦闘員のように、シュンには思われた。 いずれにしても、この寂れた浜に一人で佇んでいるような人間ではない。 とはいえ、黒海の北岸に位置する この浜は、ほんの10年ほど前までは大いに栄え、対岸のヴィザンチンの商人やトルコの異教徒、イタリア商人が闊歩する賑やかな港町だったのだ。 遠浅の海はたくさんの魚を育み、漁港としても栄えていた。 位置的にも東洋と西洋の交易の中継地点として恵まれていた港町では、彼のようにいかにも北方系の金髪を持った人間を見かけることも、決して皆無ではなかった。 しかし、船の大型化が進むにつれ、遠浅の海はそれらの船の着岸に不便になる。 8年前、この浜から東に2海里ほど離れた場所に大型の船が着岸できる港ができると、この港を拠点にしていた貿易商たち、船乗り相手の商売をしていた店、昔からこの浜に住んでいた者たちは、こぞってそちらに移転・移住してしまった。 8年の間に、木造の建物は朽ち、石やレンガの建物は取り壊され、新しい家を造るための材料として東の町に運ばれていった。 一つの町が歩いてどこかに立ち去ってしまったように、今、この浜には何もない。 この場所に町ができる以前――100年も前に自然にあったものしか、ここには残っていなかった。 |