[II]






翌日シュンが目覚めた時、そこにヒョウガの姿はなかった。
いつもならシュンの寝台の足許で剣を抱くようにしてうずくまっているヒョウガの姿がないことに、シュンは嫌な予感を覚えたのである。
慌てて寝台を抜け出して、シュンは、この家の差配を任せているあの老体のところに急いだ。

「ヒョウガは? ヒョウガはどこに行ったの !? 」
「あの者は――」
厨房での指示を終え、ちょうど庭に面した回廊に出てきた老人を、シュンは掴まえることができた。
気負い込んで護衛の行方を尋ねてくる主人に、老人が一瞬困ったように顔を歪める。
しかし、この館の主人が知りたがっていることを隠蔽する権利を、彼は持っていない。
老人は、いかにも渋々といったていで、口を開いた。

「あの者は、奴隷の身でありながら、若様の許可も得ずに、昨晩この館を抜け出そうとしていたのです。見咎めて、どこに行くつもりだったのかを問い質しましたところ、その件については白状しなかったのですが、捕らえた際、あの者は剣を二振り携えておりました。若様が昨日持ち帰った暴漢の捨てていった剣と、もう一振りは、あの者が自分の持ち物として、この館に参った時に持参していたものです。二つは全く同じものでした。あの者は――ヒョウガは、若様に危害を加えようとした者たちの仲間なのに違いありません」
「そんなことあるはずないでしょう!」

老人の、冷静に考えれば さほど不自然でもない判断を、シュンは言下に否定した。
そして、ヒョウガを拘束しているという地下牢に向かった。
重い鉄の扉の向こうに、それでも生者の肌の色をしたヒョウガの姿を見い出して、シュンは大きく安堵の息をついたのである。

「ヒョウガっ!」
ヒョウガは、両手を鎖で、右の足首を鉄の重りのついた足枷で壁に繋がれ、自由を奪われていた。
拷問の類は為されていなかったようだが、ヒョウガの体躯がたくましいだけになおさら、シュンはその様に心を痛めたのである。

「大丈夫っ !? 何かひどいことをされたのっ」
シュンの叫ぶような声に、ヒョウガは軽く首を横に振って答えてきた。
「あの爺さんは、俺と同じで、主人大事の忠義者だからな。見付かったときには抵抗する気にならなかったし、大人しく拘束されたから、拷問もされていない」
存外に、ヒョウガは元気そうだった。
シュンは再度、小さな安堵の息を洩らしたのである。

「どうして……」
シュンは、老人がなぜこんなことをしたのかを、この場にいない老体に向かって問うたつもりだった。
ヒョウガが、それを、無断で館を抜け出した理由を問われているのだと解し、事の経緯をシュンに語り始める。

「あの剣の出どころを確かめようとしたんだ。あの剣はガリアの剣だ。同胞におまえの命を狙う者がいるとは思いたくなくて、だが、もしそうだったなら俺がそいつを殺してやろうと思った」
「そんなことで……。爺もヒョウガも早計すぎるよ。あれは――命じた者も、あの暴漢たちも、絶対にガリアの人じゃないから安心して。ガリアの剣は、宝飾品みたいなローマの剣よりずっと強いから、ああいう手合いはみんなガリアの剣を携えているものなの」
たとえ あの暴漢たちがガリアの者たちであったとしても、それはヒョウガには何の関わりもないことである。
そんなことでヒョウガが主人への忠心を疑われ、自由を奪われる必要はない。
シュンはヒョウガの自由を奪っている枷の鍵を見付けると、すぐにヒョウガを自由にしてやった。






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