奴隷は、それからも毎夜、昼の間の忠誠の代償を求めるように、シュンの身体を抱きしめ続けた。
シュンは、自分がヒョウガの思う通りに動かされる奴隷になる時が待ち遠しく、いざ彼に抱かれると、彼の下で喘いでいる奴隷の方が実は主人であるかのような二重の逆転のような錯覚に捕らわれた。
どちらが奴隷でどちらが主人なのかということは、寝台の中では混沌としていた。
もしかしたら寝台の外でも本当はそうなのではないかと、シュンは考えるようになっていったのである。
ヒョウガとシュンが昼と夜の秘密の逆転劇に慣れた頃、二人だけで演じ かつ 堪能していた劇に、二人以外の観客が乱入してきた。

その夜もシュンは、いつもの通り、奴隷になった振りをして、主人であるヒョウガの情欲を――それはシュンにとっては、彼の忠誠の証であったが――その身に受けとめた。
二人の身体が離れてからも胸を大きく上下させているシュンに、奴隷に戻ったヒョウガが、
「ローズ水でも持ってこよう」
と言って寝台を出た時、突然20人ほどの兵士たちが、この館の主人の寝室に押し入ってきたのである。
彼等はその身に甲冑をまとい、帯剣していた。
甲冑の発する耳障りな音が、シュンを甘美な夢の中から現実に引き戻した。

ローマの、それも600年も続く名門貴族の館に こんなふうに堂々と乗り込んでくるところを見ると、彼等は皇帝の命を受けた者たちなのだろう。
扉の側にいたヒョウガを3人掛かりで取り押さえた兵たちは、シュンの推察通り、皇帝からの命令書を携えていた。

「皇帝陛下からのご命令だ。アフリカ総督に反逆の意思ありとの密告あり。国家反逆罪を適用し、ローマにおける総督 及び ウァレリウス家の財産はすべて没収、ローマに残る親族の宮廷への出頭を命じる」
朗々とした声で命令書を読みあげた兵は、
「要するに、財産を没収されて反逆者として処刑されるのが嫌なら、ローマへの忠誠を示すために皇帝の寝所に来い――ということだ」
と、砕けた言葉で命令書の内容を言い直した。
“国家反逆罪”は、宮廷の浪費による赤字補填のために、3代皇帝カリギュラが考え出した罪科である。
言いがかりをつけて有力貴族を処刑し――彼等は大抵は処刑される前に自害したが――その財産を没収して国庫を潤すことを目的とした、名だけが仰々しい悪法だった。

「しかし、清廉潔白な花の君とも思っていたのに、既に男をくわえ込んでいたとは……。やはりローマの貴族は信用ならんな」
寝台の上に身体を起こし頬を青ざめさせているシュンの裸の胸を見て、命令書を読みあげた兵士が、落胆したように呟く。
その呟きが、皇帝の命を受けてこの館に押し入ってきた者たちが何者なのかを、ヒョウガに知らせることになった。

「やめろっ! シュンに手をかけることは許さんっ!」
ガリアの兵たちに、ヒョウガは大きな声で命じたのである。
聞き覚えのある声に驚いて、皇帝の兵たちは皆、手にしていた剣をおろし、声の発せられた方を振り返った。
ヒョウガを取り押さえていた兵たちが、弾かれたようにヒョウガの腕からその手を離す。

相当長い時間、彼等は無言でシュンの奴隷を見詰めていた。
やがて、中の一人が我にかえって怒鳴り声をあげる。
「俺たちだって、こんなことはしたくなかったんだよ! だが、皇帝の命令を拒否してくれるはずの隊長が姿をくらましてたんだから仕方ないだろう! まさか、ガリア軍の最高責任者が任務を放棄して逐電したなんて、本当のことを皇帝に言えるはずがないじゃないか!」
ヒョウガに食ってかかった兵は、自分の発している言葉に焦れているようだった。
彼には――彼等には――そんなガリアの軍の中では周知の事実となっていることよりも、もっと他に知りたいことがあったのだ。
つまり、
「なんで、おまえがこんなところにいるんだよ!」
――ということである。

「ヒョウガ……彼等を知ってるの?」
彼等は皇帝の命を受けてやってきた者たち、シュンが出頭を拒めば、ここでシュンの命を奪うことも許されている者たち――である。
そんな者たちとヒョウガが知り合いだとは。
困惑したようなシュンの問いに、ヒョウガは低く呻くような声で答えてきた。
「これは、俺の部下たちだ」






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