「おまえが初めて宮廷に現れた日に、俺はおまえに恋をした。理屈などない、一目惚れだ。いや、おまえを好きになった理由はあったのかもしれないが、もう忘れた。本当に、その場でさらっていってしまおうかと思うくらいに、一瞬で惚れてしまったんだ」
すっかり奴隷の仕事が板についたガリア軍の指揮官は、シュンの身体を絹のチュニックで覆ってから、覚悟を決めたように語りだした。
シュンの寝台の周りには、彼の部下たちが夢路に迷い込んだような顔をして突っ立っている。

「おまえの名を調べ、家を調べた。いっそこの館に押し入って、おまえを誘拐してしまおうかとも考えた。だが、それで、無理矢理俺のものにして、おまえに嫌われるのも恐ろしくて――」
今更部下たちの前で威厳を取り繕っても意味はない。
ヒョウガの告白は、全く飾ったあとのない赤裸々な、恋する者の告白だった。
「おまえの姿を思い出すたび、気が狂いそうになって、俺は、おまえの側にいられるのなら、いっそ我が身を売って、おまえの奴隷になってしまいたいと思ったんだ」

「お……思うのは勝手だが、それを実行に移す馬鹿がどこにいる! ガリア5千の兵を放っぽりだして、自分はこんなところでお楽しみだとっ !? あきれた隊長殿だ!」
ヒョウガの部下がヒョウガの無責任を咎めるように――否、明確に咎めて、大声をあげる。
「やかましい! 貴様に俺の気持ちがわかるか!」
ヒョウガは、部下の糾弾に、彼以上の大声でもって答えた。

「シュンをめちゃくちゃにしてしまいたい気持ちと、シュンの言うことならどんなことでも聞いてやりたい気持ちがごっちゃになって、俺は自分で自分がよくわからなかった。とにかく、俺は、どんな手を使ってでも、おまえの側に行きたかったんだ」
部下への怒声が、いつのまにかシュンへの哀訴になっている。
体裁を繕わない単刀直入なヒョウガの告白は、何があってもヒョウガを信じていたいという願望を持った者の胸を、当然のことながら強く打った。
「ヒョウガ……」
初めて出会った時に感じた彼の視線の強さの意味を知らされ、シュンは、熱く潤んだ瞳を、ガリア軍の指揮官であり、彼の奴隷でもある男に向けた。
ヒョウガが、シュンの白い手を強く握りしめる。

そんな二人の様子を見てあきれたのは、ヒョウガの部下たちである。
彼等は、自分たちの隊長の恋狂いの様にあきれつつ、だが、同時に深く憂いていた。
「……ローマと全面戦争になっても、この子を皇帝に渡す気はなさそうだな」
「どうするんだよ。ガリアおれたちには もう、ローマに対抗する力はないぜ。ガリアはローマに溶け込みすぎた」

シュンか、シュンの家の財産か――そのどちらかを宮廷に持ち帰らないことには、皇帝を納得させることはできないだろう。
そして、この嫌な仕事さえ無事に成し遂げられれば、兵役の期間も過ぎ、無事に故郷に帰ることができるのに――というのが、ガリアの兵たちの正直な気持ちだった。
ヒョウガの恋心もわかるのだが、彼等がこの1年間 屈辱的な任務に耐えてきたのは、故郷と故郷に残してきた家族の平穏無事を守るためだったのである。
それらのものを犠牲にするだけの価値をシュンに感じているのは、シュンに熱烈に恋焦がれている男ひとりだけだった。






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