「僕は兄の潔白を示すために自害したということにしてください。ウァレリウス家の財産は、皇帝に――いいえ、ローマ帝国に献上します」 シュンの決断は早かった。 それほどに、シュンは――シュンもまた、今では、彼の金髪の奴隷に恋焦がれていたのだ。 離れて生きることは、もはや考えられない。 それでも、少し遠慮がちに、シュンは彼の奴隷に自らの願いを申し出た。 「それで、あの……もしよかったら、僕をヒョウガの故国に連れていって。あの……ヒョウガが迷惑でなかったら、だけど……」 「シュン――」 迷惑だと言われれば、シュンは命を絶つだろう。 ローマの貴族が、腐敗しきったこの都で 自分を偽らずに生きるということは、そういうことなのだ。 それはわかっていたのだが、ヒョウガはためらいを覚えずにはいられなかった。 彼は、自分がガリア人であることを誇りに思ってはいたが、その誇りは、ローマ人への劣等感によって、より強められたものだったから。 「ここにいれば、おまえはローマの名門貴族の一人として贅沢な暮らしができる。俺とガリアに行くということは、その暮らしを捨てるということだ。俺はおまえに、ローマ人の言う野蛮人の暮らししかさせてやれない。故国の俺の館には、自由民の召使いはいるが奴隷は一人もいないぞ」 シュンは、彼が恋する奴隷の 彼らしくない弱気な物言いを聞いて、小さく首を横に振った。 「ローマで生きるということは、生殺与奪の権を皇帝に握られているということだよ。どんな権力者でも、皇帝の命令一つで地位剥奪・財産没収――財産どころか命だって皇帝に握られている。いつ暗殺されるかと毎日びくびくして、地位と財産を守るために皇帝の顔色を伺って、それだけならまだしも、もしかしたら皇帝に――」 ヒョウガによって、それがどういう行為なのかを知らされてしまったあとだけに――恋していない相手にそれをされることの おぞましさと屈辱が容易に想像できる。 シュンは、自分の想像にぞっとして、身を震わせた。 シュンが何を考えているのかに気付いて――それだけでヒョウガの頭には血がのぼった。 もともと さらってでも我がものにしたいと思い詰めていた相手なのだ。 今更 何をためらうことがあるだろう。 「僕はヒョウガ以外の誰のものにもなりたくない。でも、僕のためにヒョウガやヒョウガの故国が危険な目に合うのも嫌。僕は死んだということにするのが、いちばん穏便に事を収める方法だと思う」 「……いいのか、本当に。野蛮人の暮らししかできなくても」 こんな腐った都はシュンには似つかわしくないと思っていた。 だが、こんな幸運が向こうから自分の腕の中に飛び込んでくる幸福が信じられない。 ヒョウガの声は、僅かに震えていた。 「連れていってくれる?」 「俺は、おまえが嫌がっても、おまえをさらっていってしまいたいと、ずっとずっと思っていたんだ……!」 目の前にある幸運を その手に掴まない人間は愚か者である。 ヒョウガは、彼の幸運をしっかりとその胸に抱きしめた。 野蛮人の胸に頬を摺り寄せてくるシュンが、ヒョウガは愛しくてならなかった。 「あの〜……。盛り上がってるとこ悪いんだけど、あそこで爺さんが腰抜かしてるぞ」 一応、恋人同士の感動的な場面の邪魔をしたくはないという気持ちは、無骨で鳴らしたガリア兵の胸中にも存在した。 しかし、彼等は、それと同時に敬老精神も持ち合わせていたのである。 シュンの寝室の扉の前で、シュンを親代わりに育ててくれた あの老人が、ガリア兵の告げた言葉の通りに、尻餅をつき泡を吹いていた。 |